ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル/ピアノ三重奏曲作品11


夫ヘンゼルが描いたファニーの肖像

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(1805〜1847)は、あの有名なフェリックス・メンデルスゾーンのお姉さんです。

ユダヤ系の大銀行家の家庭に生まれた姉弟は最高の英才教育を受け、音楽も名教師ツェルターに師事、ふたりは全く同じことを学びました。
姉弟はベルリンの自宅で知人たちを集めて開かれていた日曜音楽会で自作を披露、そこにはゲーテヘーゲルも出入りしていたとか。
ファニーは24歳で宮廷画家ヴィルヘルム・ヘンゼルと結婚しましたが、職業作曲家として家を空けがちな弟フェリックスに代わって実家をまもり、日曜音楽会も続けます。

彼女の作品がはじめて出版されたのは1827年、弟の歌曲集の一部としてでした (ヘンゼル氏は自分の名で発表するようすすめたそうですが)。
フェリックスの「無言歌集」の中には、実はファニーの作品がいくつか含まれているともいわれます。
当時のドイツでは女性、それも良家の令嬢が職業音楽家になるなど考えられないことであり、ファニーには音楽はあくまでも趣味にとどめることが要求されました。

1846年にやっと自分の名前で作品1の歌曲集を出版、以後、矢継ぎ早に作品を発表し始めますが
1847年5月、日曜音楽会のリハーサルで合唱を指揮していたとき突然倒れ、そのまま41歳の生涯を閉じました(くも膜下出血かな?)。
フェリックスは姉の死に強い衝撃を受け、ノイローゼのようになり、わずか6ヵ月後に亡くなってしまいます。


ピアノ三重奏曲作品11は死の年1847年の作で、ファニーの器楽曲の最高作といわれています(ほかには弦楽四重奏曲、ピアノソナタなどがあります)。
個人的にはフェリックス君の2曲のピアノ三重奏曲に、まったく負けてないんじゃないかと思ってます。
ことによると第2番には勝ってるんじゃなかろうか?
実際、フェリックス自身、「自分より姉のほうが才能がある」と、述べたこともあったそうです

第1楽章はアレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ、ソナタ形式。
荒波のようなピアノのアルペジオにのってヴァイオリンとチェロのユニゾンで情熱的な第一主題が提示されます。
0:50からピアノが主導する経過部、ここのメロディもとても美しいです。
第二主題は1:31からチェロで包み込むように優しく歌われます。
第二主題がヴァイオリンとピアノで反復されたあと、2:32からまた新しいメロディが出て長めの小結尾部へ。
それにしてもこの楽章は美しいメロディがてんこ盛りです。
3:40から展開部。ピアノの荒波のようなアルペジオの上で第一主題の展開がしばらく続いたあと、5:14からチェロに第二主題が静かに歌われます。
第一主題・経過主題も加わって盛り上がっていき、その勢いのまま6:29から第一主題がピアノでドラマティックに再現、再現部となります。
そしてなだれ落ちるようなピアノのアルペジオに導かれて7:37からヴァイオリンとチェロがユニゾンで第二主題を再現、うおー盛り上がる!素晴らしい!!
8:30から長い結尾部、小結尾のメロディを繊細に展開し、第一主題を回想したあと、激しく楽章を閉じます。

 

第2楽章はアンダンテ・エスプレッシーボ。
やさしい歌がピアノに始まり、他の楽器を巻き込んでゆきます。
2:14から中間部、弦の刻みに乗ってピアノに愁いをおびたメロディが登場します。
3:43から最初のメロディが復帰、普通の三部形式と思いきや、すぐに中間部のメロディが絡んできてまるで展開部のような複雑繊細優美玲瓏な音の花園が咲き乱れます、なにこの自由さ。
アタッカで第3楽章に続きます。
第3楽章(5:58〜)はアレグレット。
「リート(歌)」と題されていて、歌曲のような素朴なメロディが歌い交わされる短い楽章。

 

第4楽章フィナーレはアレグロ・モデラートですがテンポは頻繁に変化します。ソナタ形式。
ピアノのカデンツァにつづき、0:19から愁いに満ちた第一主題がピアノでじっくりと噛みしめるように歌われます。
途中からヴァイオリンとチェロも加わり、速度と力強さを増し、1:33から新しいメロディが出て経過部となります。
1:56からヴァイオリンにさえずるような第二主題が出ます。
この楽章は第一主題が抒情的で第二主題が活発という通常とは逆の主題性格になっており、ファニーの独創性が光ります。
2:32から展開部となり、まず第二主題、つぎに第一主題が展開され、3:21からは経過部のメロディも加わります。
3:38からはふたたび第二主題が展開されます。
4:12から再現部、第一主題がヴァイオリンで歌われ、一瞬第1楽章の経過主題を回想して4:44から第二主題の再現。
じつはこの主題は第1楽章の経過主題から派生したものだったんですね、びっくりな種明かしです、凄いよファニーさん。、
そしてなんと 5:07には第1楽章第二主題が朗々と歌われ、第4楽章第二主題によるコーダで華やかに全曲を閉じます。

 

全曲にわたってロマンティシズムが全開フルスロットル、情熱と感傷がほとばしっています。

素晴らしいのが楽曲構成の斬新さ、このひと形式的には弟よりずっと進んでますね、先鋭的と言ってもよい。
第2楽章は三部形式と思わせといて第三部でしれっと主題を展開しはじめるし、第3楽章はメヌエットでもスケルツォでもなく「歌」。
そして第4楽章の、ソナタ形式でありながら自由奔放でラプソディックなこと!
クライマックスで第1楽章の第二主題が再現するところでは思わず「おおっ」と言わされます。
各楽章の主題は互いに関連しており、フランクより数十年早く循環形式の考え方に到達していたんじゃねと思っちゃいます。 ファニー御姉様すげー。


ダーティントン・トリオ盤(Hyperion/helios CDH 55078)
 オーソドックスな演奏です。曲の魅力を味わうには不足はありません。
 もうすこし狂おしい情熱をはらんだ雰囲気があればなお良いのですが。
 カップリングはクララ・シューマンのピアノ三重奏曲。



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★クレメンティ・トリオ盤(Largo 5103)
 若いピアノトリオによる演奏ですが、なかなかドラマティックで気に入ってます。
 カップリングがレベッカ・クラーク(1886〜1979)の
 ピアノ三重奏曲
という選曲も野心的で面白いです。

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           ★トリオ・ブレンターノ盤
(OPUS111 OPS30-71)
 上の2枚に比べ第1楽章のテンポがやや遅めですが、
 スケール大きく堂々とした感じで、じっくり聴かせてくれる演奏です。
 1843年のエラールのピアノなどピリオド楽器を使用し、
 オーセンティックな響きをめざした演奏でもあります。
 カップリングはファニーの歌曲が13曲とピアノ曲が1曲。
 

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 第1楽章
 

(01.11.20.)



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追記:ファニー・メンデルスゾーンの評伝「もうひとりのメンデルスゾーン」(山下剛 著)が刊行されました。(06.9.16.)


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