矢代秋雄/ピアノ協奏曲&交響曲
湯浅卓雄指揮、岡田博美独奏、アルスター交響楽団
(NAXOS 8.555351J)




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日本人の手になるピアノ協奏曲の最高傑作(と私は信じている)
矢代秋雄(1929〜76)の「ピアノ協奏曲」が、ナクソス・レーベルから発売されました。
カップリングは、これまた傑作である「交響曲」

 日本人なら一度は聴いときましょう!(←わりと本気で言ってる)


矢代秋雄は伝統的な技法を徹底的にマスターしたうえで、「美しく完璧に仕上げる」ことを身上としました。
前衛を否定はしませんでしたが、伝統を踏まえた上での前衛であるべきで、伝統を破壊するような前衛には懐疑的でした。

矢代別宮貞雄黛敏郎とともに1950年代にパリ国立音楽院に留学しました。
黛は音楽院の古典的・保守的な講義内容に失望し1年で帰国しましたが、矢代はきっちり5年間学びました。
当時やはりパリに留学していた批評家の遠山一行は、嬉々としてフーガや和声の話ばかりする矢代に、

 「若い作曲家がこんなに保守的で大丈夫なのだろうか」
 
と危惧の念すら抱いたと言います。
いかにも矢代秋雄らしいエピソードです。

そんな矢代秋雄の代表曲2曲をおさめたこのCD、矢代秋雄入門にぴったりです!
「ピアノ協奏曲」に関しては、以前にご紹介したことがある ので、まずは「交響曲」から。


矢代秋雄「交響曲」(1958)は、緩・急・緩・急の4楽章からなる30分あまりの作品。
古典的で端整、隙のない構成が素晴らしい交響曲です。

第1楽章「プレリュード」 アダージョ/モデラート。
ヴァイオリンの高音がさざ波のような音型を繰り返すなか、管楽器が点描風に音を「置いて」ゆくアダージョの冒頭部。
1:42 モデラートとなり金管に宣言するような主題Tが登場、つづいてクラリネットに応答するような主題Uが出ます。
どちらも「主題」というより「音型」って感じの短さです。
両主題をモチーフに小さなクライマックスが形成されますが、ここですでに第2楽章のリズムが予告されています。
2:37 ふたたびアダージョ。さざ波音型がフルートとクラリネットで奏でられ、ヴァイオリンに受け渡されます。
ヴィブラフォンとフルートによる主題Tが幻想的に響きます。
さらに4:04あたりから金管にコラール風な音型(主題V)が繰り返され盛り上がります。
5:00 あたらしくフルートに小鳥がさえずるような音型が出ますが、金管のコラール主題に飲み込まれてゆき、
6:09 主題TとUが再現しますが、それらもヴァイオリンのさざ波音型に洗い流されるように静かに消えてゆきます。

 

第2楽章「スケルツォ」
最初に提示される独特のリズム「テンヤ・テンヤ・テンテンヤ・テンヤ」が執拗に反復される、躍動感あふれる楽章。
1:18 からは第1楽章の主題Uが繰り返し登場します。
1:49 からの木琴の大活躍が楽しい。 

このリズムは獅子文六の小説「自由学校」から着想を得たそうです。
ただし小説には「テンテンテンヤ・テンテンヤ」「テンテンヤ・テンテンヤ」という形で出てきますが
「テンヤ・テンヤ・テンテンヤ・テンヤ」は出てきません。

 

 

第3楽章「レント」
形式は変奏曲ですが、各変奏は長さもまちまちでスコアにははっきりした区切りはありません。
まず、イングリッシュ・ホルンとバス・フルートが主題を提示。
1:34から管楽器主体による第一変奏、ビブラフォンの伴奏が幻想的で美しいです。
3:50から弦楽器が登場し第二変奏、キラキラとからむチェレスタが洒落ています。
5:48から金管楽器のコラール風な短い第三変奏。
6:26から低音弦で始まる第四変奏は、弦楽器と打楽器のゆっくりした掛け合いとなります。
この変奏は日本的情緒を盛り込みつつ延々と続き、クライマックスを形成し静まってゆきます。
11:21から結尾部、金管楽器のコラールに導かれてイングリッシュ・ホルンに主題が再現します。
第4変奏の打楽器によるリズム・パターンを回想しながら消えてゆきます。

 

第4楽章「アダージョ〜アレグロ・エネルジコ」
長い序奏を持つソナタ形式のフィナーレ、これまでの楽章の素材を巧みに組み合わせて作られています。
コントラファゴットの唸りと、つんざくようなピッコロが交互に登場する序奏部を経て、
3:42から主部となり、第一主題が提示されます。これは第1楽章の主題Tの発展形です。
4:58からピッコロとコントラファゴットに出るのが第二主題ですが、第一主題との対比はあまり感じられません。
主題Vの音型が金管に登場する小結尾部を経て、
5:49から短い展開部、鐘の響きが印象的で、これまでの楽章の動機も織り交ぜられています。
6:55から圧縮された再現部、手早く両主題を再現し、
7:49から第1楽章の主題Vによる荘重なコラール、最後はプレスティッシモとなり力強く全曲を締めくくります。

 


「ピアノ協奏曲」(1968)は、おそらく矢代秋雄の最高傑作。
西欧クラシックの古典的な手法を完全にわがものにした上で、日本人にしか書けない音楽を作っています。
初演者・中村紘子の録音は(複数あります)どれも熱気にあふれた「濃い」演奏ですが、
このCDは、独奏の岡田博美・バックをつとめるアルスター交響楽団とも、スマートかつスタイリッシュな印象。
中村紘子は「土俗的」な印象すら与えるのに対し、このナクソス盤はニュートラルな解釈によるスタンダードな演奏であると言えます。
ただ個人的印象を言わせてもらうと、ちょっとあっさりしすぎかな。
第2楽章の弦など、もちっと日本的情念のこもった粘っこいフレージングが好みなのですが・・・(北アイルランドのオケに対してそれは「ないものねだり」)。

なお矢代秋雄のピアノ協奏曲の詳細に関しては、こちらの記事 を参照してください。
 
 


両曲とも一分の隙もなくがっちり構成された傑作です。
古典としてこれからも演奏され続けてほしいものです。

このCD、私のイチオシです。ぜひ御一聴を。

(02.3.16.記)

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