青柳いづみこ/ドビュッシー最後の一年
(中央公論新社 2018年)



Amazon : ドビュッシー最後の一年 (単行本)

親分:「ドビュッシー最後の一年」
  クロード・ドビュッシー(1862〜1918)の研究家としても名高いピアニスト青柳いづみこが、ドビュッシー没後100年に刊行した本だ。

ガラッ八:興味そそるタイトルでやんすね〜、ゴシップというか暴露本みたいなやつですかい?

親分:相変わらず品性下劣なやつだぜ。 冷静かつ格調高い評伝だよ。
  「最後の一年」といいながら、それ以前の話もけっこうあって、天才作曲家の複雑怪奇なキャラクターを多面的にとらえている。
  意外だったのが、晩年のドビュッシーがとても貧乏していたことだ。

ガラッ八:え、でも有名作曲家だったんでしょう?

親分:1915年12月に直腸癌の手術を受けてからは体調が悪く、ろくに仕事ができなかったんだ。
  1917年3月には、寒さに耐えかねて知人の石炭商にこんな手紙を書いている。

 「気温は下がり・・・我が家にはもう石炭がありません。必要に迫られてお願いするのですが、出来るだけ早くお送りいただけませんでしょうか」

ガラッ八:あ、哀れな・・・。

親分:モーツァルトは奥さんとダンスして寒さを紛らわせたというが、癌の手術をしたドビュッシーは歩くのもやっとだったからな。

ガラッ八:それで凍死したわけですか。

親分:違わいっ!
  音楽好きの石炭商は、では私に何か曲を書いてくだされば石炭をもってきましょうと返事した。
  そこで書かれたのがドビュッシー最後のピアノ曲「石炭の明かりに照らし出された夕べ」
  めでたくドビュッシーは石炭を手に入れたそうだ。



ガラッ八:へーえ、ちょっといい話でやんすね。

親分:ドビュッシーは1908年ごろからポーの「アッシャー家の崩壊」のオペラ化にとりくんでいた(結局完成せず)。
  ほかにもポーの「鐘楼の悪魔」、シェイクスピアの「お気に召すまま」なども音楽化しようと考え、「お気に召すまま」などは知り合いの作家に台本まで書かせた。

ガラッ八:え、でもドビュッシーにそんなオペラ、ないですよね。

親分:そりゃあ、結局一音符も作曲しなかったからな!

ガラッ八:「書く書く詐欺」じゃないすか! 気の毒な台本作家・・・ギャラは出なかったんですかねえ。

親分:死の半年前、1917年9月には体調不良をおして最後の作品「ヴァイオリン・ソナタ」を初演、これが公開の場でドビュッシーが演奏した最後となった。
  傑作の誉れ高い「ヴァイオリン・ソナタ」だが、初演の評判はあまり良くなかった。

 「私は恥をしのんで告白するが、(中略)あまり楽しむことができなかった。この作品の長所は、少なくとも演奏時間があまり長くないことである」(初演時の批評より)

ガラッ八:ドビュッシーがっかりでやんすね。




親分:1918年3月25日、ドビュッシー死去、享年55歳。

 「私にはすぐわかったの。ああ、もう最後なんだって。部屋にはいったとき、パパは眠っていて、とても規則正しくて、でも短い呼吸をしていたわ。
 こんなふうにパパはずっと眠りつづけて、それから、夜の10時15分になって、ちょうどそのとき、とても静かに、天使のように永遠の眠りについたの。
 それから起きたことは、とても言えないわ。滝のような涙が目から零れ落ちそうになったけど、ママンのためにがまんしたの」
(ドビュッシーの娘シュシュから、父親違いの兄ラウールに宛てた手紙より)

ガラッ八:な、泣けますね・・・。

親分:そしてドビュッシーが溺愛した一人娘シュシュも翌1919年、ジフテリアに罹患し14歳で亡くなってしまう。

ガラッ八:悲しすぎるでやんす! 神も仏もないんでやんすか!

親分:エリック・サティ(1866〜1925)は若いころからしばしばドビュッシーの家で夕食をごちそうになるなど世話になっていたが、1917年に仲違い(原因は不明)。
  それでもドビュッシーの訃報を聞いてこのような手紙を書いた。

 「哀れな友よ、なんという悲しい最期でしょう。今になって世間は、偉大な才能を彼に認めることでしょう」

ガラッ八:死ぬ前に仲直りしていたらよかったのに・・・。

親分:それにしてもドビュッシーがあと10年元気で長生きしていたら、20世紀の音楽はさらに面白いことになっていただろうと思わずにはいられないな。

(2019.03.06.)


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