青柳いづみこ/ピアニストが見たピアニスト
(中公文庫  2010年)



Amazon.co.jp : ピアニストが見たピアニスト―名演奏家の秘密とは (中公文庫)


一昨日の夜、何十年ぶりかで「膝小僧をすりむく」ということをやらかしてしまいました。
ちょいと一杯やる機会がありまして帰り道、駅から家へと自転車を走らせておりましたら急な雨。
あわててスピードを上げたら、車道と歩道の段差に車輪がつまづいてしまい、あっさり転んでしまいました。
とっさに手をついたところ、左の手のひらと膝をアスファルトですりむきました。
もちろんズボンも破けました。 
こういうときです、「安物でよかった!」と心から思うのは。

それ以外にとくに怪我がなかったのは、不幸中の幸いでした。
これがピアニストだったら、とっさに手をかばって顔から倒れたりするのでしょうか。

ピアニストといえば、これはピアニスト兼文筆家である青柳いづみこさんが、二十世紀の演奏史を彩る六人のピアニストについて語った本。

取り上げられるのは
リヒテル、ミケランジェリ、アルゲリッチ、フランソワ、バルビゼ、ハイドシェック
バルビゼのみ、知名度が落ちますが、この方は青柳さんの師匠なのだそう。

・・・それにしても滅茶苦茶マニアックな本なんですけど。
ピアニストたちの人生・キャラクターについても語られますが、それ以上に、演奏法・解釈に関する分析が圧巻。
イスの高さ、前腕の筋肉の使い方、指を曲げるか伸ばすかなど、
ピアノを弾かない人間には「そんなのどーでもいいじゃん」なことについて、これでもかとばかりに語り倒します。
でも、巧みな語り口のおかげで門外漢にとっても実にスリリングで面白い読み物になっています。
一流ピアニストであると同時に文章の達人でもある著者にしてはじめて書けた本ですね。。


 高音から降りてくるアルペジオも、カデンツァ部分の細かいパッセージも、 すべて指の根元のばねを使って弾いている。
 ふつうは、アルゲリッチのように手前にひっぱる、 あるいはサンソン・フランソワのように支点を移動させる奏法でしか弾けない音型のはずだが、
 ミケランジェリの指先は信じられないほどの速さで上下動し、瞬時に鍵盤をとらえて的確なタッチを刻み込んでいく。
 (86ページ)


なんとなく、時代小説に出てくる剣豪の剣さばき、あるいはアクション小説の格闘場面を思わせる描写です。
硬質で緊張感に満ちた美しい文章からは、いまにもピアノの音が響いてきそうです。

取り上げられたピアニストたちの演奏はみな個性にあふれています。
そして彼らの音楽や人生に向き合う姿も、ストイックだったり奔放だったり破滅的だったり、人それぞれ。
読者もつい、仕事や人生との向き合い方について考えてしまいます。

私もつくづく考えました。
これからは自転車でもっとゆっくり走ろう・・・。(←関係ないし)

困ったことがひとつ。
まあ読む前から予想はしていたことですが、聴きたいCDがまた山ほど増えてしまったのであります・・・。

(10.5.24.)


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