サマセット・モーム/昔も今も(1946)
(ちくま文庫 2011年)




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<ストーリー>
西暦1502年、イタリア統一の野望に燃えるヴァレンティーノ侯爵チェーザレ・ボルジアは、
都市国家フィレンツェに援軍の出動を要請。
チェーザレに睨まれたくはないが、軍を出す費用も惜しいフィレンツェは、
使節としてニッコロ・マキャヴェッリを送り出す。
彼の使命は、言を左右に、何も約束せず、それでいてチェーザレを怒らせず、
時間を稼ぎながらチェーザレの真意と弱みを探ること。
「なんのことはない、おれの役割は(中略)実質的な約束は何一つしないこと、
もっともらしい言葉などすこしも信じない男を甘言で言いくるめることだ。
しかも、悪知恵に長けた男に悪知恵で働きかけ、
そらっ惚けで有名な男から秘密を探りだしてこい、ときたもんだ」
(24ページ)
戦乱のイタリアを舞台に、キツネとタヌキ、いやキツネとトラの騙し合いが幕を開ける・・・。


私はかつて「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」 を読んで、チェーザレ塩野七生のファンになった人間。

その後、「わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡」も面白く読み、
「マキアヴェッリ語録」 は座右の一冊として、夜ごと陰謀策略を巡らせるのに使っています。

総領冬実の連載漫画「チェーザレ 破壊の創造者」からも目が離せません。

そんなボルジア・ファン、マキャヴェッリ・ファンの私ですが、
サマセット・モームがこの二人を主人公に小説を書いていたとは知りませんでした、ふ、不覚!

「昔も今も」は、モームの長編の中ではほとんど知られていませんが、なかなかどうして楽しい代物です。
なにしろ主役はチェーザレ・ボルジアニッコロ・マキャヴェッリ、役者に不足なし。
1946年の作品ですが、チェーザレとマキャヴェッリの描き方が古臭くないのにびっくり(新訳ではありますけど)
冷静な現実主義者としてお互いを認め合いつつ、楽しげに知的闘争を繰り広げるふたりの好敵手の姿、
塩野七生作品にも影響を与えているのでは?
(「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」には、本作への言及があります)

楽しいのがマキャヴェッリの女たらしぶり。
「これまで彼が口説いてものにならなかった女は一人もいない」(88ページ)というから凄いですね。
裕福な商人の若妻に目をつけ、なんとしても彼女を落とすべく、
チェーザレとの交渉以上に機略縦横・権謀術数を巡らせる姿は、
「オマエ何しにここに来とるんじゃー!」と、突っ込まずにはいられませんが、大いに笑わせてくれます。

すべてが終わったあと、マキャヴェリは述懐します。
「もしチェーザレ・ボルジアが悪党と見なされるとしたら、それは奴が成功しなかったからにすぎん」(355ページ)
「美徳が悪徳に勝利したとしても、それは美徳であったからじゃない、より性能のいい強力な大砲があったから勝利したのさ」(361ページ)

その後マキャヴェッリは、チェーザレと交わした会話をネタに、「君主論」を書き始める・・・
という流れになるのでしょう。
ボルジア家ファン、マキャヴェッリ・ファン(いるのか?)、16世紀イタリア・ファンには必読の一冊。
軽妙なタッチで書かれ、楽しく読めるので、どのような方にもお勧めしたいです!

(12.3.18)


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