森見登美彦/太陽の塔(新潮社 2003年)



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何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。
なぜなら、私が間違っているはずがないからだ。

<ストーリー>
 私・森本は、京大を自主休学中の24歳。
 私の日常は、かつての恋人・水尾さんの日々の行動を観察することに費やされている。
 誤解してもらっては困るのだが、これは決して「ストーカー行為」などではない。
 私のように頭脳も人格も性格もずば抜けて優秀な人間が、
 なぜ彼女ごときに袖にされたのかという疑問を、客観的かつ科学的に解明するための「研究」なのである。
 今日も私は愛車・まなみ号(自転車)にまたがり、京都の町を走り抜ける。
 

第15回日本ファンタジーノベル大賞受賞作品。
これがファンタジーかといわれると少々疑問ですが、妄想もファンタジーの一種と考えるならば、
こういうのもありかもしれませんし、目茶目茶面白いのでまあどうでも良いのであります。

淡々と描かれる主人公の日常、ひたすら笑えます。
恥ずかしい行動を臆面もなく正当化し、プライドは高く、自己愛は強く、
傷つくのが怖いわりに、他人の迷惑には鈍感で、まるで若い頃の誰かさんのよう(今は違うと信じたいっ!)
大真面目にけったいなことをつぎからつぎへとやらかしてくれます。

でもこの主人公、ただイヤなやつというわけではありません。 
友達もいます(男ばかりね)。 当然のごとく誰も女にはもてません。
彼らが下宿で酒飲んでクダまいている様子、昔も今も変わらんな〜と、目頭が熱くなります。
友人達のキャラクターも良いです。
サファリジャケットを着た鬚ぼうぼうの大男だけど繊細で気の小さいオタク・高藪
恐ろしく理屈っぽい孤高の法学部生・飾磨(しかま)、
世の中に対するいわく言いがたい怨念を抱えている暗い暗い男・井戸
象のように肥大した自意識と自尊心に押しつぶされながら七転八倒している、愛すべき連中です。
会ってみたいとは思わんけど。 というか近づいてきたら逃げる。

ところで、主人公からそれほどまでに思われる元カノ・水尾さん、どのような女の子かといいますと、

 鴨川の河原を歩きながら、「ペアルックは厳禁しましょう。もし私がペアルックをしたがったら、殴り倒してでも止めて下さい」と言う。 琵琶湖疏水記念館を訪れ、ごうごうと音を立てて流れる疎水を嬉々として眺めている。 私の誕生日に「人間臨終図鑑」をくれる。 駅のホームで歩行ロボットの真似をして、ふわふわ不思議なステップを踏む。 猫舌なので熱い味噌汁に氷を落とす。 ドラ焼きを二十個焼いて呆然とする。 私が永遠にたどり着けない源氏物語「宇治十帖」を愛読する。 コーンスープにご飯をじゃぼんと漬けて食べるのが好きと言う。 大好きなマンガの物語を克明に語る。 録画した漫才を一緒に見ましょうと言う。 何かを言った後に、自分はひどいことを言ってしまったと悲しむ。 下鴨神社の納涼古本市に夢中になる。 雀の丸焼きを食べて「これで私も雀を食べた女ですね」と言う。 よく体調を崩して寝込む。 私が差し入れた鰻の肝で蕁麻疹を出し、かえって健康を害する。 招き猫と私をぴしゃりと冷たくやっつける。 初雪を前髪に積もらせる。 「私のどこが好きなんです」と言って私を怒らせる。・・・(201ページ)

物語の終盤に現れるこの文章、「水尾さんへの想い」に捧げるレクイエムでしょうか。 美しい詩のような一節。
・・・しかし相当な不思議ちゃんですなこりゃ。

庄司薫の「赤頭巾ちゃん気をつけて」を連想します。
かの芥川賞受賞作に、充分肩を並べていると思います。
いや大いに笑えるぶん、「太陽の塔」のほうが上かも。
起伏に富んだストーリーがあるわけでもなく、主人公は結局ふられたままで、
状況は最後までなにひとつ変わらないのですが、
どういうわけか読後感はとってもさわやかでした。
(04.2.23.記)

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