森見登美彦/きつねのはなし
(新潮社 2006年)



Amazon.co.jp : きつねのはなし


細長く薄暗い座敷に棲む狐面の男。
闇と夜の狭間のような空間で囁かれた奇妙な取引。
私が差し出したものは、そして失ったものは、あれは何だったのか・・・。


「太陽の塔」「四畳半神話大系」、など
モテナイ大学生の妄想が決壊・暴走・炸裂し、京都の街を暴れ回るという、濃縮還元・男汁満載なオバカ小説の書き手として、
一部でひそかに回し読みされている、じゃなかった、それなりに人気を博している作家、森見登美彦氏の新作はなんと、
幻想奇譚の連作短編集であります。

例によって舞台は京都なので、かの地に縁もゆかりもない私は、世界に入っていくのにちょっと手間が。
「そうだ、京都行こう」と三回唱えてから、「京都嵯峨野の直指庵・・・」と歌いながら読みはじめます。 

・・・しかし、森見氏の作品なのに、笑うとこがどこにもないっ! ないったらないっ!
間違えて買ってしまったのかと思いましたが、いくらもたたぬ間に、摩訶面妖な物語に引き込まれてしまったのでありました。
森見さんの頭の中の京都では、物の怪が跋扈し、怪異が渦を巻いているのですね。 安倍清明か。

収録された4編のつながり、微妙にずれています。 と言うか、ずらされています。
ナツメさんは結局何者なのか? 天城さんとの関係は? 狐の面は何を意味するのか??
読み終えてもよくわかりませんが、消化不良感はあまりなく、
不思議は不思議なりに、そういうものかと受け入れてしまわされる、語り口の上手さ。
余韻が消えないうちに、もう一度はじめから読み返したくなります。

とくに第3編「魔」がよかったなあ。 
白い歯をむき出し、人間のように笑う、胴の長いケモノ。
雨の中、つややかに輝く木刀をふるう少女、妖しくも美しいラストシーンです。

そういえば最近、似たような小説を読んだなあ・・・・、それは梨木香歩「家守綺譚のことですが、
「家守綺譚」がファンタジーであるのに対し、「きつねのはなし」は間違いなく怪談です。
薄闇の中に潜んでいる何か。 でも語りすぎず、読者の想像にまかせる、美しい悪夢のような小説でした。 新境地。

(06.11.3.)


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