山田風太郎/人間臨終図巻(全3巻)
(徳間文庫 2001年、 親本は1986年)

人間臨終図巻〈1〉 人間臨終図巻〈2〉 人間臨終図巻〈3〉



自分の死は地球より重い。他人の死は犬の死より軽い。(山田風太郎)
(第2巻223ページ)


昨年(2001年)亡くなった、山田風太郎の残した、稀代の奇書。
私はけっして風太郎の熱心な読者ではなく、忍法帖シリーズも読んだことがありません。
しかし気まぐれ半分で読み始めたこの「人間臨終図巻」には、すっかり引き込まれてしまいました。

これは、古今東西、900人ほどの人物について、その人が「いかに死んだか」を、
これでもかこれでもかと書き綴ったエッセイ(?)です。
誰でも知っている偉人・有名人にまじって、軍人や明治の元勲が比較的多く取り上げられているのには、時代を感じます。
「誰やそれ?」って人もけっこういたりしますが、まあそれはそれとして。

興味深いのが、その並べ方で、「死亡時の年齢順」、それも若い順です。
最初は15歳で火刑死した八百屋お七、次は16歳の赤穂浪士大石主税、「アンネの日記」のアンネ・フランク
信長の小姓森蘭丸(17歳)と続きます。
各人が生きた時代も国も、生きかたも全て無関係に、「何歳で死んだか」だけで並べられています。

例えば「39歳で死んだ人々」は、こんな具合。

 <クレオパトラ、パスカル、ルイ16世、ショパン、シャーロット・ブロンテ、太宰治、力道山>

・・・なんだか不思議な感じがします。

第1巻は15歳から55歳で死んだ人なので、
いわゆる「非業の死」を遂げた人が多く、読んでいて辛くなる箇所もたくさんあります。
「もっと生きたかった」「生きさせたかった」という声が行間から聞こえてくるようで、
途中で何度も読むのを中断してしまいました。
でも、不謹慎かもしれませんが、もっともドラマティックなのもまた、この第1巻です。
現在の私もこの年齢に含まれるので、ついついわが身に引き比べて読んでしまいます。

第2巻は56歳から72歳で死んだ人、
そして第3巻は73歳から百歳以上で死んだ人です。
ちなみに最後を飾るのは泉重千代さん(121歳!)。
第3巻は、さすがに病死や老衰が多くなり、それと同時にいわゆる「老醜」をさらした人々についても、
風太郎はあくまで客観的に書き記します (遺族の方が読んだら怒りそうなところも)。
そのニヒリズムの極致、冷徹ともいえる筆さばきには、鬼気迫るものを感じます。
第1巻とはまた違った意味で、読むのが辛くなります。
正直、第3巻は、今の私には荷が重すぎる気も。10年後、いや30年後に読むべきかもしれません。
(それまで生きていたいものです・・・)

「死神は一切合財区別なく、巨大なシャヴェルですくいあげていく」(第2巻・192ページ)ことを痛感しました。
そして、「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」(第1巻・82ページ)のも、
また事実なのであります・・・・・。

全3巻を熟読すると、人生観が変わるかも。

(02.5.16.記)


自分は何歳で、この中の誰のように死ぬのだろう(木曽のあばら屋)



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