(素人による音楽形式談義・追加)
ちなみに第1回はこちら
前回(番外編「ベートーヴェン/交響曲第7番・第1楽章」)はこちら
3.その他の形式・追加
ニ 部 形 式
えー、この「素人による音楽形式物語」、読んでくださった方から、先日スルドイご指摘をいただきました。
「二部形式が抜けているぞ」と。
二部形式??
「A→B」という形式。
歌曲などによく使われる形式で、一昔前のフォーク・ソングや歌謡曲にも多いわね。
要するに、「A」が出だしのメロディ、「B」がサビの部分ってことよ。
へえー、ああいうのも「形式」っていうの?
立派な「形式」よ。
クラシックの器楽曲でも二部形式が使われることがあるわ。
例えばバロック後期の作曲家ドメニコ・スカルラッティ(1685〜1757)のソナタは、
そのほとんどが二部形式で書かれているのよ。
もっとも彼の二部形式は、A→B というより、A→A’なんだけど。
でも、「ソナタ」なんでしょ。 なんでソナタ形式じゃないの?
バロック時代だから、ソナタ形式はまだできてなかったのよねー。
「ソナタ」とはいってもスカルラッティのは、3〜5分の単一楽章の曲。
彼はこのようなソナタを生涯に550曲以上書いたといわれているの。
550曲も!
パターンとしては、第一部分で曲の主題を提示し、第二部分で主題の変奏・展開を行なう、って感じね。
その後に主題が再現すれば、初期ソナタ形式なんだけど、再現部にあたるものは置かれていないわ。
それでは、スカルラッティのソナタを1曲聴いてみましょう。第9番ニ短調なんか、どうかしら。
スカルラッティ/ソナタ ニ短調 K.9
文中のタイミング表示は、このCDの3曲目によっています。
天才・イーヴォ・ポゴレリチの、磨きぬかれた純度の高い演奏。
遅めのテンポでじっくり歌う姿勢に、ポゴレリチの個性が光ります。
Amazon.co.jp : Scarlatti: Sonaten
HMV : Scarlatthi/Sonatas
スカルラッティ:ソナタ ニ短調 K.9
テンポはアレグロ(速く)。 本来はチェンバロのために書かれた曲だけど、ここはピアノで。
もっともポゴレリチの演奏はかなり遅く、アンダンテに近いけど、繊細で透明でとても素敵。
第一部分(0:00〜0:53)。 ほのかに哀愁漂うキレイな主題で始まります。
0:15からの両手の上昇音階が印象的。
短調だけど、どことなくのどかな音楽ね。
そうね。 「パストラール(田園曲)」と呼ばれることもあるのよ。
0:54〜1:47は、第一部分の繰り返しよ。
クラシックの曲って、繰り返しが多いね〜。
いやいや、どんな音楽にも、繰り返しはしょっちょう使われるわよ。 別にクラシックの専売特許というわけでは。
つづいて第二部分(1:48〜2:57)。
主題が調を変えて現われ、展開というか、第一部分の変奏のように進んでいって、静かに終わるの。
その第二部分もきっちり繰り返されて(2:58〜4:11)、おしまい。
きれいで可愛らしい曲だったわ。
しかし、「二部形式」って、形式としてはどうってことないじゃん。
わ、またこの子はなにを偉そうに。
だって、久しぶりの出番なのに、これだけなのー。 ぶんっ。
これじゃ、エネルギーが有り余っちゃうよー。 ぶんぶんっ。
わーっ、腕振り回さないでっ、暴れないでっ! わかったわかった、ドメニコ・スカルラッティの話でもしましょう。
ドメニコ・スカルラッティと彼のソナタについて
ドメニコ・スカルラッティ(1685〜1757)はナポリ生まれ。
父親のアレッサンドロ・スカルラッティも、有名な作曲家。
偶然だけど、J・S・バッハ、ヘンデルとは同い年。
20才で親元を離れたドメニコは、ローマの聖ペテロ大聖堂のユリア礼拝堂楽長という、
それなりの地位についていたんだけど、1719年、ポルトガル王に招かれて、リスボンの宮廷音楽家に転職したの。
いわゆるヘッド・ハンティングね。
そこで王女マリア・バルバラ(1711〜1758)のチェンバロ教師になるの。
1729年、王女がスペインの皇太子と結婚するときには、一緒についてゆき、
そのままマドリードの宮廷で30年近くを過ごし、その地で亡くなるの。
よっぽどバルバラ王女と相性が良かったのね。
彼のソナタはそのほとんどが、バルバラ王女の教師になってからの作品といわれていて、
王女の練習用に作られたと考えられているの。
だから公式に出版されることはあまりなく、整理されてない状態だったの。
それがよく失われずに残ったものね。
20世紀になって、ロンゴという音楽学者が545曲をまとめて出版、
初めてスカルラッティのソナタの全体像が見えてきたわけ。
その人、知ってる。「子曰く」とか言う人だよね。
ちがうー!! そりゃ孔子だって! 「論語」だって!
さて、その後、カークパトリックという人が、
ソナタを年代順に並べて、カークパトリック番号(K)をつけ、
この番号が広く使われているわ。
モーツァルトの「ケッヘル番号」とまぎらわしいなあ。 あれも「K」だよね。
それにしても、「カッパトリック」って、変な名前〜。
カッパ違うって! カークパトリック!! まったく次々に低レベルなボケをかましてくれるわね。
なんだ、カッパの手品師みたいで面白いと思ったのに。
それにしてもほぼ一生を宮廷で過ごすなんて、優雅な人生ね。
宮廷のお抱えになって一生安楽に暮らすことは、バロック時代の音楽家の最大目標みたいなものだから、
スカルラッティは、エリートというか「勝ち組」ってことになるわね。
ただ、スカルラッティのパーソナリティについては、よくわかっていないの。
ちょっと謎めいた人物なのよ。
なるほど〜。 彼のソナタも、音楽史の片隅に咲いた小さな花畑みたいで、不思議な存在だもんね。
わわっ! ロマンティックなこと言ってくれるじゃないの。 普段の言動との乖離が激しいわよ。
うるさいわいっ!
それでも最近の研究で、いろいろなことがわかってきました。
たとえばスカルラッティはじつはギャンブル狂だったという説。
負けが込んで、借金かさんで、ポルトガルに逃げたんだとか・・・。
へーえ。
あと、バルバラ王妃とは愛人関係で、二人の間には子供までいたという説も・・・。
おおー、ドラマティック! つーか、ドロドロ?
あまりにもソナタの数が多いので、本当に全部スカルラッティの作品なのかも疑問視されてるのよ。
あれあれ。
事実はどうあれ、スペイン的な情熱のメロディ、生き生きしたリズム、大胆な転調、素晴らしい曲がたくさんあります。
ポゴレリチ以外にも、ホロヴィッツ盤など、定評ある名盤です。
チェンバロによる演奏では、若くして亡くなった天才チェンバリストスコット・ロスによるソナタ全集にとどめをさすわね。なんと34枚組み。
どっひゃあー!
(07.3.25.)