藤谷治/あの日、マーラーが
(朝日新聞出版 2015)



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2011年3月11日、東京。
錦糸ホールでは新世界交響楽団のコンサートが予定されていた。
しかし14時46分、世界は一変する。
混乱の中、ホールの責任者・久留米綾子は予定通りコンサートを行うことを決定。
1800人収容のホールに集まった聴衆はわずか105人だった。
離婚したばかりの若い女性・八木雪乃
人付き合いが苦手な音楽評論家・永瀬光顕
ワンルームマンションで独り暮らしの老女・川喜田すず
元アイドルおたくで今は楽団の美人ヴァイオリニストの追っかけ・堀毅
さまざまな人生が、極限状態で奏でられるマーラー「交響曲第5番」のもとで響き合う。


2011年3月11日。
すみだトリフォニーホールでは新日本フィルの定期演奏会が予定されていました。
指揮は、若き巨匠ダニエ ル・ハーディング。
曲はマーラーの交響曲第5番
1800枚のチケットはすでにソールドアウト。

 そこへ、あの地震。

電話は通じず、交通はストップ、余震も続く中、演奏会は予定通り開かれます。
演奏会を開くことの是非、客は来るのか、団員はまともに演奏できるのか、地震を経験したことがないイギリス人指揮者の精神状態は?
さまざまな危惧と困難をのりこえ、何とかして集まった105人の聴衆のため、異様な緊張と高揚感に満ちた演奏が行われたそうです。
この出来事はNHKでドキュメンタリーとして放送もされました(私は未見)。

 藤谷治/あの日、マーラーが

本書は、この事実に基づくフィクションです。
地震におびえ、動揺しつつ、なにかにすがるようにコンサートに向かう人、
こういう時こそ予定通りに行動することが大事だと考える人、
こんな日に開かれる演奏会はきっと特別なものになるぞ、と妙な期待をする人、
交通機関が止まり遅刻しそうになる団員も。

いろいろなことを乗り越えて(みんな徒歩)演奏会を聴きに(あるいは弾きに)来る人々の事情が、彼らの人生に寄り添うように紹介されてゆきます。
語り口は丁寧で暖かく、人物が目の前に立ち現れるかのようです。
それらの人生はリアルで等身大で、普通でありながらその人だけの固有のもの。

 彼らには、一人残らず、名前があり、住まいがある。職業のあるものも多く、もちろん、年齢も、身長体重もある。生まれ故郷があり、卒業した学校があり、父母があり、父母との関係があり、初恋がある。不運があり、幸運があり、隠し事があり、思想があり、プライドがあり、コンプレックスがあり、名刺や、世間の評判や、友人や、行きつけの美容室、ペット、敵、持病、財布、寝相、支持政党、偏見、利き腕、未払いの請求書、電話番号、そして、不安がある。
 この日、錦糸ホールに集まった人たち、そのすべてに人生がある。
(154ページ)

そして、あの地震で命を落とされた人たち、そのすべてにも人生がありました(黙祷)。

登場人物が基本的に独り暮らしの人ばかりなのは、状況を考えれば致し方ない、というか当然か。
彼らが述懐するかたちで、芸術について、地下アイドルについて、幸福について、諸々考察がなされ、これも刺激的。
「なるほど」と思わされること数回でした。
彼らの人生はこの日この場所、マーラーの響きの中で一つに溶け合います。
そして演奏が終わると、またそれぞれの世界に戻ってゆきます。
演奏会の前と後で、人生は少し違ったものとなりますが、世界は多くの面で変貌し、二度ともとに戻ることはありません。

短いけれど内容豊かな小説でした。
噛みしめるように、ゆっくりと味わわせていただきました。

さて、マーラーの交響曲第5番
小説内で登場人物が「予習」に聴くのはシノーポリの演奏ですが、私は持っていないので、
カラヤン/ベルリン・フィルの録音を聴きながら読みました。
磨き抜かれた精緻な響き、官能的でありながら純音楽的、一切の夾雑物を排した天上の美に圧倒されるのです。

(2015.09.21.)



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