コパチンスカヤ・プレイズ・ウストヴォルスカヤ
(パトリシア・コパチンスカヤ:ヴァイオリン、マルクス・ヒンターハウザー:ピアノ、レト・ビエリ:クラリネット)



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<曲目>
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(1952)
クラリネット、ヴァイオリン、ピアノのための三重奏曲(1949)
ヴァイオリンとピアノのためのデュエット(1964)


音で聴く抽象画


ガリーナ・ウストヴォルスカヤGalina Ustvolskaya, 1919〜2006)の音楽に関しては、これまでにもいろいろ紹介してきました

「怒れる鋼鉄女」と勝手に呼んでる彼女の曲は、常に怒っているみたいでちょっと怖いのですが、
最近ようやくガリーナちゃんとの付き合い方がわかってきたような気がするのであります。
それは感情移入せずに「音で聴く抽象画」だと思って鑑賞すること。
雑然としているようで巧みに配置された音たちが、心のカンバスに色彩豊かな筆致を残します。

しかしそれにしても・・・。

まさか パトリシア・コパチンスカヤガリーナ・ウストヴォルスカヤ を録音するとは思いませんでしたね。
スカヤ/スカヤで、韻を踏みたかったんでスカヤ?

ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(1952)は、単調な足音のような音型で始まる、シンプルで瞑想的な曲。
抽象画というよりは水墨画、いや枯山水を連想し、思わず座禅を組みたくなります。
中盤やや活発になり、冒頭の音型がこれでもかこれでもかと執拗に反復される箇所は異様な印象を与えます。
それもやがておさまり、最後はヴァイオリニストが楽器をコツコツ叩きながら終わる、22分ほどの単一楽章ソナタ。
ウストヴォルスカヤにしては「怒り度」が低いですが、誰にも真似できない(多分しようとも思わない)妙チキリンな曲です。
良い曲かどうかは、聴く人によって判断が分かれるところ。
枯山水を「ワビサビの境地、素晴らしい!」と見るか、「砂利の上に石を置いただけ」と見るかですね。

 ウストヴォルスカヤ:ヴァイオリン・ソナタより(コパチンスカヤ)
 

これにくらべるとクラリネット、ヴァイオリン、ピアノのための三重奏曲(1949)は、メロディと動きがあって、変化に富んでいます。
彼女の師匠であるショスタコーヴィチはこの曲を好み、自作に引用しています。
3つの楽章からなる15分ほどの曲、第3楽章「エネルジコ」はフーガ風に盛り上がり、「お、聴きごたえあるぞ」と思わせますが、
やがて静まりヴァイオリンとクラリネットは沈黙し、ピアノだけが鼓動のように同音を反復(不整脈気味)、突然ぷつんと途切れて終わります。
わーい、やっぱり不気味で変な曲だー!!(←喜んでる)

 ウストヴォルスカヤ:クラリネット、ヴァイオリン、ピアノのための三重奏曲より第3楽章「エネルジコ」(このCDの演奏ではありません)
 

ヴァイオリンとピアノのためのデュエット(1964)は、円熟期の傑作。 30分近い大曲です。
モスキート音のようなヴァイオリンの高音で始まり(まだ聴こえる・・・ホッ)、
敬虔な祈り、激しい怒り、不気味な諧謔、乾いた皮肉など、様々な局面が目まぐるしく展開、うっかりすると振り落とされそうに。
はっきりいってわけわからん曲なのですが、そのわけのわからなさにどうしようもなく惹きつけられるワタシ。
この作品を面白がれるかどうかで、あなたがウストヴォルスカイストかどうか、判定できるかも。
そして「非ウストヴォルスカイスト」と判定されたほうが、無駄の少ない有意義な人生を送れるような気がします。
まあ、一度聴いて、呆れ果ててみられてはいかがでしょうか。

 ウストヴォルスカヤ:ヴァイオリンとピアノためのデュエット より(このCDの演奏ではありません)
 

なお、コパチンスカヤとヒンターハウザーの演奏は、その緊張度の高さにおいてこれまでの録音にはるかに優っています。
はっきり言ってブチキレ気味。
「いいぞ、もっとやれー!」と応援したくなります。

(2014.11.28.)


「私の音楽は、過去から現在までの全ての作曲家の音楽と、全く何の関連もありません」

「私の音楽を真に愛するならば、私の音楽を分析してはならない」

ガリーナ・ウストヴォルスカヤ



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