森博嗣/The Void Shaper, The Blood Scooper
(中央公論新社 2011年、2012年)
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「真の強さは、戦わないことだ」
ある静かな朝、ゼンは山を下りた。
師から譲り受けた、一振りの刀を背に――。
若き侍は思索する。 強さとは、生とは、無とは。
あてどない旅路の先には何があるのか。
所謂「ミステリ」を書かなくなってから、ますます哲学的な色合いを強めている森博嗣。
「喜嶋先生の静かな世界」も、「相田家のグッドバイ」も、
登場人物を通して、「人間いかに生きるか/死ぬか」を静かに追求する小説として私は読みました。
それをさらに純化したと思われるのがこのシリーズ。
「The Void Shaper (虚空を形づくる者)」,
「The Blood Scooper (血を掬いとる者)」
主人公・ゼンは物心ついた時から、山で師・カシュウとふたり、ひたすら剣の修行にいそしみ、世間や社会を全く知らぬ若者。
師が亡くなり、遺言に従って、山を下りて人里に向います。
初めて師以外の人と交わることとなる「タブラ・ラサ」ゼン。
「生きるとは」「死ぬとは」「戦うとは」「強さとは」などについて、ひたすら考え続けます。
設定は時代小説ですが、普通の時代小説ファンが読むと
「なんじゃあ、こりゃあ?」と、途中で投げ出してしまうは必定。
時代小説の枠組みを借りた寓話であり、哲学小説。
いい若い者が、ああでもないこうでもないとうじうじ考え、延々理屈をこねまわす話です。
「あーもう、うっとーしい!」と思われる方も少なくないのでは。
「理屈っぽいのは嫌い!」という人は読んではいけません。
剣術とは刀の使い方だけではない。刀を持つ者の行動のすべてである、と教えられた。
否、行動だけではない。もっとも重要なことは、考え方である。
どう考えるのか、どう判断するのか、何を見て、いかに感じるのかさえも、すべてが剣の道であると。(「The Void Shaper」152ページ)
修行によって本当に高みに上がれるとは、今ひとつ信じられないからだ。
信じるためには、どうすれば良いだろう。
理屈を考えれば考えるほど、あらゆるものが信じられなくなる。
信じるというのは、つまり考えずに済ますことだから、正反対なのだ。(「The Blood Scooper」167ページ)
勝つも負けるも、同じ。
いずれが勝ったかなど、生き延びた者の錯覚にすぎない。
死んだ者は、一瞬にして、何もかもすべてを手に入れるだろう。
自分がないという完璧さも。
生きた者には、それがお預けになるだけだ。(「The Blood Scooper」303ページ)
うひゃー、理屈っぽい!
でも私はこういう屁理屈が嫌いではないので、
気に入ったフレーズをいくつか覚えてつぶやいたりして、家族に気味悪がられています。
改行の多い戦闘シーンも印象的。
詩のようであり、美しくテンポよく、読み応えがあります。
各章の冒頭には、新渡戸稲造「武士道」 岡倉天心「茶の本」からの引用が掲げられていて、
小説の雰囲気と見事に呼応しています。
(2012.5.26.)
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