森博嗣/喜嶋先生の静かな世界
(講談社 2010年)

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問題さえ見つかれば、もうあとは解決するだけだ。
そんなことは誰にだってできる。

(146ページ)


年の瀬です。
今日・12月27日は泊まりがけで仕事です。ふう。
しかし、明日一日がんばって働けば年末年始の休みに突入だっ!

 「やったー!」

大晦日にはまた仕事ですが。(くじで負けました)

 「どひゃー!」

新しい年は、職場で迎えることが確定しています。
この事実が来年の私の仕事運を物語っているようで恐ろしいです。

悲しき、宮仕え・・・。


さて、森博嗣「喜嶋先生の静かな世界」 で描かれるのは、
理系研究者たちのリアルな生態。

国立大学院生である語り手と、指導教官・喜嶋先生との研究三昧の数年間が、
数学の証明のような言い回しと、論文のような文章で淡々とつづられます。
かなり自伝的な作品だと思われます。

じつは私も、仕事の一環として科学実験などやっていた時期がございました。
その結果、身に染みて感じたことは、
「科学の進歩のために自分ができる最善のことは、この分野から身をひくことだ」
でした。

 「いいか、覚えておくといい。学問には王道しかない」(211ページ)

か、かっこいい、喜嶋先生・・・。
カッコイイといっても、服装にも食べるものにも無頓着、音楽にも文学にも興味なし、
一日のうち十七時間は研究に没頭。
当然独身で、狭いアパートは本に埋もれ、冷蔵庫はコンセントを抜かれて使いもしない食器が詰め込まれています。
しかしその、研究にすべてを捧げた人生は、悟りを開いた高僧のように純粋で透明。

 博士課程の三年間は、研究上では山あり谷あり、挑戦と冒険の連続で、息をつく暇もないほどだったけれど、
 しかしそれは、喜嶋先生や僕が生きているバーチャルな世界でのことであって、
 僕たちの身体が生活している現実の世界では、波風も立たず、大きな変化もこれといってなくて、
 毎日毎日がほとんど同じことの繰り返しだった。
(312ページ)

 頭を働かせている人、考えることが仕事の人は、一般にとても大人しく生きている。
 世間の波風を嫌うから、自然に穏やかになり、そして素直になっていく。
 これはつまり、エコロジィというのか、効率の高いクリーンな生き方を目指しているようなもの。
 物欲などは無関係、したがって金もいらない。それどころか愛情とか友情とか、そういうものまで面倒くさくなってしまう。
(315ページ)

シンプルで美しいけれど、あやうい生き方です。それだけに至高とも言えます。
俗世間から隔絶した、理系の世界・研究する人生をクリアに描いて余すところがありません。
しかもしっかり共感させられてしまうところが凄い。
真似はできませんが、こういう浮世離れした生活、ちょっとあこがれてしまいます。
ただ、朝食が生のままの食パン一枚というのは勘弁してほしいな。

ラストには胸が痛くなりました。
「研究する人生」の厳しさと怖さと。
私はテキトーな人間で良かったのかもしれないと思いつつ、本を閉じました。

全編、「知」へのよろこびで満ち溢れているこの作品、
これまでに森博嗣が書いたなかでもっとも静かでもっとも美しい小説だと思います。
私にとって座右の書のひとつとなるかもしれない、多分なる、いやもうなっている一冊でした。

(10.12.28.)




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