小沼丹/懐中時計(1969) 銀色の鈴(1971)
(講談社文芸文庫)


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<懐中時計>
心得顔で我が家に出入りする黒と白の野良猫。
胸が悪く出歩かぬ妻、2人の娘、まずは平穏な生活なのか・・・
日常に死が入り込む微妙な瞬間を描く「黒と白の猫」
腕時計を無くした僕は、友人・上田の懐中時計を譲ってもらおうと交渉するが
いつも飲みながら交渉するためか値段の折り合いがつかないまま何年もが過ぎ・・・「懐中時計」
など11編。

<銀色の鈴>
前妻の死から再婚までを淡々と綴った「銀色の鈴」
戦時下、疎開先での教員体験をユーモラスに描いた「古い編上靴」
伯母の家の凋落に時代の変遷を重ねる「小径」
戦前の良き時代の交友を哀惜の情をもって語る「昔の仲間」など、七作品。


何年か前に創元推理文庫から「黒いハンカチ」というミステリ短編集が出ました。
著者の名は小沼丹

ニシ・アズマという人を食った名前の女教師が探偵役で、
超然とした、というかすっとぼけた探偵ぶりが妙に印象的でした。

ところで先日、長女(高2)の模擬試験の国語の問題をなにげなく見ていると、
面白そうな小説の一節が。

 突然妻に死なれた中年の大学教授に後妻を世話する人があり、お見合いをセッティングしてくれるのですが、
 相手の女性というのがミュージカル女優で、見合いといっても彼女が出演する舞台を見に行くだけ。
 ところがその他大勢の端役のため、結局誰が見合いの相手かわからないまま帰ってきた・・・・・・
 という突っ込みどころ満載の内容が、簡潔かつ格調高い文章でつづられています。

なんじゃこりゃと思って、「解答と解説」を見ると、出典は小沼丹「銀色の鈴」
「黒いハンカチ」の人だー! やっぱりすっとぼけとる!
で、試験の成績はどうだったんだっけ。

長女「それは聞かんといてくれ」

何となく惹かれるものを感じて、2冊ほど読んでみました。
日常生活が淡々とつづられる作品の連続。
色濃く漂う昭和テイストが懐かしい。
しかし地味です。
サザエさんとカツオがいない「サザエさん」みたいです。
ならば退屈なのかといえばそうではなく、美しい文章、飄々とした味わいに、ついつい読みふけってしまうのです。
事件らしい事件は起こらず、と言いたいところですが、じつは作品中でけっこう人が死にます。
もちろん殺人ではなくて病死や自然死や戦死(!)ですが(「砂丘」という短篇だけは怪しいけど)
ほとんど感情を交えずにサラリと提示される「死」、かえって「諸行無常」を感じさせます。

じつは小沼丹(1918〜1996)は純文学の人で、それも私小説の大家。
本業は大学の英文学教授で、45歳の時に奥さんが急死したのも事実です。

ご本人は語ります。

 「いろんな感情が底に沈殿した後の上澄みのようなところが書きたい。
  或は、肉の失せた白骨の上を乾いた風がさらさら吹過ぎるようなものを書きたい。」

なるほど確信犯的なのですね。
何を書いても淡々としているはずです、小沼「丹」だけに(←コラコラ)
個人的には「懐中時計」という短篇が一番忘れがたいです。
しばらくマイブームになりそうで、また何冊か買いこんできました。
それにしても講談社文芸文庫は高いなあ・・・・・・。

なお、やはり私小説の大家・庄野潤三とは親友同士だったそうです。

(2012.2.11.)


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