マーガレット・ミラー/鉄の門(1945)
(宮脇裕子・訳 創元推理文庫 2020年)



Amazon : 鉄の門 (創元推理文庫)

ルシール・モローは、十六年前に死亡した親友ミルドレッドの夫・アンドルーと再婚したが、
一見平穏な生活の裏側で継子や義妹との関係に悩み続けていた。
ある冬の日、謎の小箱を受け取ったルシールは何も言い残さず姿を消した。


マーガレット・ミラー(1915〜94)初期長編で、江戸川乱歩が激賞したことでも知られる「鉄の門」(1945)が、新訳で刊行されました。
1977年にハヤカワ文庫から出たもののとっくに絶版、マーケットプレイスでは高値がついていましたから、まさに待望。
発売日を待ちかねて買いました。

さすがはマーガレット・ミラー、独特です、というか変です、歪んでいます。
謎は出てくるけど謎解きではありませんし、殺人は起こるけど犯人捜しでもありません。

 じゃあなんなのかと言うと、「狂気小説」でしょうか。

一見幸福な家庭の中で、複数の人物のこころが壊れてゆく様子を優美な筆致で繊細に描きます。
こなれた翻訳のおかげもあるでしょうが、虚ろにたゆたいながらもデリカシーあふれる狂気の描き方が才気を感じさせて楽しいっす(←変な読者)。

でも、読む人を選びそうです。
ミラー入門には向きません、やや上級者向け。
ある程度マーガレット・ミラー慣れしている人でないと、どこが面白いのかわからない可能性がありそうです。
あらかじめ「まるで天使のような」「殺す風」などを読んでおくことをオススメします。

タイトル「鉄の門」は第二部の舞台である精神病院を示すと同時に、人間の「閉ざされた心」を意味しているのでしょう。
陰鬱で救いのない物語にもかかわらず、どこかで凛とした格調を保っていて、情緒の深みにずぶずぶと嵌ってしまうことがないので
スイスイ読めて読後感もそれほど重くないという不思議な一編でした。

そして一番の衝撃は、これが75年も前(1945年)の作品であるということかもしれません。

(2020.02.22.)

今まで入手できなかった「鉄の門」の方をある人から借覧して一読するに及んで、サンドゥーの文章が決して嘘でなかったことが分った。大した期待もせず読んだせいか、非常に感心した。終りに近いところなど息もつけないほどの面白さがあった。
戦後で云えば、アイリッシュの「幻の女」、クリスティーの「予告殺人」、ジョセフィン・テイの「時の娘」(この作については今年の二月号の「中央公論」に書いた)などと同じ程度、ある意味では、それら以上にも感心した。
どう感心したかということは、短い文章では書けないが(いずれどこかへ詳しく書きたいと思っている)心理小説にして、しかも大きな謎が最後まで隠されていること、心理的伏線がいろいろ敷かれていて、読後思い当たることが多く、それがちょうど物質的トリックの探偵小説のデータに当る役目を果たしていること、それらのデータは心理分析の角度から眺めてはじめて理解できる底のものだから、裁判上の証拠になるような確実度はないが、心理的には物的証拠より強い同感があり得ることなど、私のいつも云っている「心理的手法による純探偵小説の新分野」を充分示唆するものである。

   江戸川乱歩「新心理探偵小説の一例」(昭和28年)より



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