テレマン/水上の音楽「ハンブルクの潮の満干」
(ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクヮ・ケルン 1984録音)



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「いきなりですけどね うちのオカンがね 好きな作曲家がおるんやけど その名前をちょっと忘れたらしくてね」

「忘れたの? ほな俺がね ちょっと一緒に考えてあげるから どんな特徴かってのを教えてみてよ」

「なんかね、ドイツ人で「水上の音楽」って曲を書いとるらしいんやわ」

「そらヘンデルやないかい、ドイツ人で「水上の音楽」言うたら、これはもうヘンデルやわ」

「いや俺もヘンデルと思うてんけどな」

「そうやろ?」

「オカンが言うには、生涯ドイツからほとんど出たことがなかったらしいんや」

「ほなヘンデルと違うかあー、ヘンデルはイギリスに渡ってジョージ1世と2世に仕えて、最後はウエストミンスター寺院に葬られたからなあ」

「あとオカンが言うには生前から大衆に凄い人気があったいうんやわ」

「やっぱりヘンデルやないかい ハレルヤ・コーラスとか大ウケしたんやで」

「それがなあ、J・S・バッハとは友達やったそうなんや」

「あー、それはヘンデルと違うかあー、ヘンデルとバッハは同い年やけど一度も逢うたことはなかったからなあ」

「ホンマに分からへんがなこれ」

「どうなってんねんもう」



・・・・・・はい、答えはゲオルク・フィリップ・テレマン(1681〜1767)です!
ハンブルク市の音楽監督だったテレマンは、1723年ハンブルク海軍設立100周年の記念行事のために、
序曲「ハンブルクの潮の満干」を書きました。
この曲は大好評を博し、通称「水上の音楽」と呼ばれるようになり、その後何度も演奏されました。

 第1曲 Overture (海の水がゆったりたゆたうような冒頭から引き込まれます)
 

当時のテレマン人気は大変なものだったようで、ライプチヒ市の新聞が作曲家の人気投票を行ったところ、1位はテレマン、2位がヘンデルだったそうです。
地元ライプチヒの楽長 J・S・バッハは・・・7位でした。

それほどの人気を誇ったテレマンですが、20世紀以降は忘れられてるとまでは言わないものの、バッハ、ヘンデルに比べて影は薄いです。
「テレマンの曲を何か口ずさんでみろ」と言われても何にも歌えない人、私を含めて大多数ではないかと。
曲自体はキャッチーで覚えやすいので、取り上げられる機会、聴く機会が圧倒的に少ないのだと思います。

 水上の音楽 第5曲 ガボット (わりかし覚えやすい曲でしょ)
 

 水上の音楽 第6曲 スケルツァンデ (この曲もキャッチー)
 

ヴァイオリニストで指揮者のラインハルト・ゲーベル率いる古楽器集団ムジカ・アンティクヮ・ケルンは、
先鋭的でアグレッシブなバロック演奏で名をはせましたが、1970年代からテレマンを積極的に取り上げ、多くの名盤を残しました。
「水上の音楽」はその代表的な一枚。

当時テレマンなんてほとんど知りませんでしたが、「レコード芸術」で絶賛されていたのに釣られて3500円もするCDを恐る恐る買ったところ、
本当に素晴らしい音楽で大感激した私。
じつは「知られざる名曲」って沢山あるのではないか、と思うきっかけになったアルバムでもあります。

このアルバムにはほかに協奏曲が3曲収められています。
軽やかで優美で素敵な曲ばかりです。

 協奏曲 イ短調 第2楽章 アレグロ
 

テレマンは当時台頭しつつあった市民階級の好みを敏感に嗅ぎ取り、彼らに「ウケる」音楽を量産しました。
ビジネスマンとしても有能で、楽譜の出版も自分で行い、大きな富を築いたそうです。
大成功の人生でしたが、死後はちょっと忘れられがち。

「J・S・バッハの偉大さが知られるようになって以来、同時代の偉大な人物はすべて無視されてきた。
 ヘンデルが不遜にもバッハと同等の天分に恵まれ、しかもバッハ以上の成功を収めたなどというのは許しがたいことなのである。
 まして他の人物は塵にも等しいもので、とりわけテレマンは存命中バッハをしのぐ勝利を収めていただけに、今になってその償いをさせられている」(ロマン・ロラン)

 
まあ、死後の評価なんて、ご本人にとってはどうでもいいことでしょうけど。
とにかくテレマンの音楽、21世紀のいま聴いてもとっても楽しめます。

(2023.01.29.)


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