佐藤正午/月の満ち欠け
(岩波書店 2017)



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初老の男やもめ・小山内堅は、ある少女に会うために八戸から東京に出てきた。
その緑坂るりという7歳の少女は、会ったこともない小山内のことをよく知っているという。
コーヒーはブラックで飲むこと、むかし家族みんなでどら焼きを食べたこと・・・。
なぜならるりは14年前に妻とともに事故死した小山内の娘・瑠璃の「生まれ変わり」だというのだ。


愛する人に巡り合うため、何度でも生まれ変わる・・・。

ラブソングや小説ではたまに見かけるテーマであり、むしろ陳腐と言っても良いくらい。
しかし、小説巧者・佐藤正午の手にかかると、こんなにもスリリングでたたみかけるような、一気読み上等の作品に仕上がります。

 月の満ち欠け

ほんとに、なんつう「見せ方」の上手い作家さんでしょう。
冒頭から物語全体にミステリアスな霧が立ち込めていて、それが周りの方から少しずつ晴れてくる快感ともどかしさ。
「生まれ変わる」本人にはあまり語らせず、周囲の人物の視点から外堀を埋めるように組み立ててゆく構成の巧みさ。
時系列を前後させながら、蛇行するように展開する、緻密に設計されたストーリー。
洗練された会話、そこはかとないユーモア、適度なエロさ。
そして最後に現れる「絵」の美しさ。

佐藤正午を読んでいると、小説の「テーマ」なんてどうでもいいんじゃないかって気がしてきます。
どんなテーマであれ、語り口が巧みであれば、いくらでも面白い作品が出来上がるのではないかと。
もちろんそのためには高度な技巧が要求されますが、そういう意味で佐藤正午、最高の超絶技巧の持ち主だと読むたびに思います。
前作「鳩の撃退法」にしても、よく考えれば別にどうってことのない話なんですが(←オイオイ)、息をつかせぬ展開に手に汗にぎり、
読み終わってからも見事なマジックを見た後のように尾を引きました。

「小説の愉しみ」を存分に味あわせてくれる傑作長編でした。

(2017.05.20.)

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