佐藤正午/鳩の撃退法
(小学館 2014)

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<ストーリー>
かつての直木賞作家・津田伸一は、今は地方都市で風俗店の送迎ドライバーとして糊口をしのいでいる。
ある日、ドーナツショップで津田と言葉を交わした幸地秀吉という男。
彼はその夜、妻と娘ともども失踪してしまう。

家族三人の「神隠し」から一年と二ヶ月が過ぎた頃、
親しくしていた古書店の店主が亡くなり、津田のもとへ形見のキャリーバッグが届けられた。
店主が生前持ち歩いていた愛用の鞄はしっかり鍵がかかっていて、重みもある。
開錠した津田の目に飛びこんできたのは、ピーターパンの絵本と、三千枚を超える一万円札の山だった。


「信頼できない話し手」という小説用語があります。
つまり話し手が本当のことを言っているとは限らない、場合によっては積極的に嘘をついてる小説です。

 「いったいワシは何を信じれば良いのかね、責任者出てこい!」

と言いたくなりますが、それでも小説は成立し、大変面白かったりするから困ったものです。

ちなみに私も信頼できない話し手であることは人後に落ちないつもりであります。
ええ、このHPに書いてあることなんて、もう嘘ばっかりですからね、へっへっへっ。


 嘘です (←どっちやねん!)。


 佐藤正午/鳩の撃退法

佐藤正午5年ぶりの長編は、この「信頼できない話し手」をフルに活用したトリッキーな傑作。

語り手は落ちぶれた作家・津田伸一
かつて、ある地方都市で自分が巻き込まれた奇妙な事件について、発表する当てのない小説を書いています。
当然脚色はするし、事件の裏側や、わからないところは想像で描くしかありません。
津田が書いている小説と並行して、小説を書いている「現実の」津田の姿や、地方都市で風俗店ドライバーをやってた頃の津田も描かれます。

これらが時系列的にシャッフルされるので、なかなかややこしい。
津田自身には読者をだますつもりはないのですが、津田が書いている小説は、津田にとっての現実ではありません。
読者は今読んでいるのが小説の記述なのか現実の出来事なのかを考えながら、
「だまされないぞ、その手は桑名の焼きはまぐりだぞ(←古い)」と警戒しながら読むことになります。

 少々疲れます。

 でも面白いです。

サスペンスフルでありながら、どこかとぼけたストーリー。
女と金にだらしがなく、小心で、妙に細かいことにこだわる津田伸一のめんどくささ。
津田「5」という小説にも登場します。
私は津田の性格と人格の悪さに、「5」は途中で投げ出してしまった美しい思い出があります。
今回も津田には感情移入できませんが、ストーリーが面白くて、ぐいぐい引き込まれました。
津田以外の登場人物もみんな一癖二癖あって、しっかり彫琢されており、「いるよなあ、こんな人」と思っちゃう人物多数。
数十人もの人物にそれぞれ個性を与えてきちんと描きわける、佐藤正午の筆力はホントに凄いです。

謎が謎を呼ぶ前半。
点がつながり線になり、線と線が面になり、徐々にひとつの絵を浮かび上がらせてゆく後半。
しかし最後に明らかになる真相は、はたして真実なのか、それとも津田の想像なのか?
そして小説が終わってもまだ残るいくつかの謎は、おそらく仕様でしょう。

小説的テクニックの極致、文章のマジックを味わうべき、非常に技巧的な作品です。
いわゆる読んで感動したとか、泣けたとかいう小説とは対極にあり、読後感はややむつかしめのジグソーパズルを完成させた時のそれに似ています。
読者を選ぶ小説だと思いますが、私のようにひねくれたウソつきおじさんにとっては、実にツボにはまる一作でした。

(2014.12.30.)


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