前橋汀子/ヴァイオリニストの第五楽章
(日本経済新聞出版 2020年)



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ヴァイオリニストの第五楽章

ヴァイオリニスト・前橋汀子の2冊目の著書。
今年(2020年)春まで放送されていたNHK−FM「きらクラ!」で、ふかわりょうが、

 「あなたはいま、人生の第何楽章ですか?」

と言っていましたっけ。
前橋汀子は第五楽章の気分なのだそうで・・・・・・でも、メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」は10楽章ありますよ、ショスタコーヴィチの「交響曲第14番」なんて11楽章ですからっ!



本書は三部構成になっています。

第1部「私の履歴書」は、2018年に日本経済新聞に連載した記事に手を加えたもの。
つまり自身の半生記であり、前作「私のヴァイオリン」(2017)と内容はほとんど同じです(違ってたら大変)。
でもけっこう忘れているもので、昔見たドラマの再放送を見る感覚でわりと新鮮な気持ちで読めました。
記憶力が減退してくると良いこともありますね(自慢にならん)。

(恩師ヨーゼフ・シゲティと)

第2部「愛すべき楽曲とともに」は、愛奏曲について語ったエッセイ。
取り上げられるのはメンコン、チャイコンなどお馴染みの曲ばかりですが、演奏者ならではの含蓄あるお言葉が聞けます。

 「そんなに簡単な曲ではないのである。冒頭から百パーセント、満開の桜のような気分で弾きはじめないといけないのだが、それは演奏家としては非常に難しいことだ。
  コンサートの何曲目に弾くのかによって、その瞬間に向けた力の配分というものもある。
  若い時はそんなことなど考えず、無邪気に弾けたのだが、年を重ねるにつれ、そういう難しさに気づいてくる」
                                 (139ページ メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲について) 

最も多く演奏してきた協奏曲はメンコンだそうです。
田舎住まいの私ですが、それでも前橋汀子の弾くメンコンは5〜6回は聴いてると思います。

(スイスにて 画家ココシュカと)

第3部「ソビエト・ロシア経験と人生最大のミステリー」は、ロシア文学者で翻訳家の亀山郁夫氏との対談。
最近ショスタコーヴィチの分厚い評伝を出すなど音楽にも造詣の深い亀山氏と、
1960年代にレニングラード音楽院で学んだ前橋汀子が、「ロシア話」で盛り上がります。

冷戦時代真っただ中に、一介の高校生の自分がなぜソ連に留学できたのか(それもソ連からの招待で)、いまもさっぱりわからないと言う前橋汀子。
「人生最大のミステリー」なのだそうです。
しかも非常に厚遇されたそうで、

 「レニングラード音楽院では、ソ連の人たちと同じように、もしかしたらそれ以上の待遇で、分け隔てなくレッスンが受けられました。
 私が当時、特別にうまく弾けたわけではなかった。ソ連にとっても、私の才能に対する期待はなかったと思うんです」 (182ページ)

実際、当時の音楽院にはギドン・クレーメルを筆頭に物凄い才能がひしめいていて、はっきり言えば前橋汀子は最初「お客様」でしかなかったようです。
そこから物凄い頑張りでのし上がっていくんですけど。

この対談は読み応えありました。
前橋汀子に関しては突っ込んだ対談やインタビューがあまりないので、これが読めただけでも買った価値がありました(ちょっと高いですが)。

(2020.12.19.)


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