オリガ・ホメンコ/国境を超えたウクライナ人
(群像社 2022)



Amazon : 国境を超えたウクライナ人


18世紀から20世紀にかけてのウクライナに生まれ、異郷の地で活躍しさまざまな分野で実績を残した9人の人物と
ハプスブルグ家の貴族として生まれながらウクライナ人に同化してソ連に殺された一人の男。
東西から国境を侵されてきた歴史をもつウクライナ人ならではの柔軟性、コミュニケーション力、許容力を発揮した人びとの物語。


2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻から2か月余りが過ぎました。

去年までは正直、「ウクライナってどこかいな?」状態でしたが、戦争が始まってから否応なく流れ込んでくる多量の情報により、
いつのまにかウクライナとその周辺国の地理に詳しくなってしまいました。
今なら黒海沿岸国の地図がそらで描けそう・・・・良いことなのか悲しいことなのか?

 オリガ・ホメンコ/国境を超えたウクライナ人

戦争直前(2月上旬)に刊行された本です。
内容は、国境を超えて活躍したウクライナ人たちを紹介する、いわば「ウクライナ偉人伝」
といっても知らない人がほとんどで、ちょっと申し訳ない気持ちになりながら読みました。

免疫学の基礎を築きノーベル医学生理学賞を受賞したイリヤ・メーチニコフ(1845〜1916)は、乳酸菌が体に良いことを発見した人でもあります (名前は聞いたことがあるような・・・)。
芸術家でファッション・デザイナーのソニア・ドローネー(1885〜1979)は存命中にルーブル美術館で個展が開かれた初の女性で、レジオン・ドヌール勲章を授与されました (初めて知りました)。
イゴール・シコールスキイ(1889〜1972)は世界で初めて実用的な飛行機を生産しビジネスとして確立した人、ヘリコプターの発明者でもあります (知らなかった・・・)。

 なんかすみません、全然知らなくて・・・。
 内容はとっても興味深いのですが、わけもなく申し訳ない気持ちに。
 世界は自分の知らないことで満ちているのだなあと、「無知の知」をかみしめるゴールデンウィークです。 

一般的には全く知られていないと思われるのが、イワン・スヴィッド(1897〜1989)という人物。
じつは戦前の満州国には多くのウクライナ人が住み、一大コミュニティを形成していました (へえ〜)。
スヴィッドは日本の助けも借りて極東にウクライナ人の独立国家を作ることを夢見た人物。
もちろん挫折したのですが・・・。

また、パリ大学で日本語を学び、ポーランド外交官として戦前のハルピンに滞在、日本に関する多くの文章を残したステパン・レヴィンスキイ(1897〜1946)も印象深いです。
いわば「日本オタク」の走りで、ハルピンでウクライナ人と日本人の相互理解に力を尽くしましたが、ステパン自身が実際に日本を訪れることはかないませんでした。

唯一知っていたのが、ハルキフ生まれの作曲家でピアニストのセリヒーイ・ボルトケーヴィチ(1877〜1952)。
ふたつの対戦とロシア革命に翻弄され、波乱の生涯を送りました。
彼のピアノ協奏曲第1番はチャイコフスキーとラフマニノフを足して2で割ったみたいな名曲です。

 

実際ウクライナは数多くの音楽家を輩出していて、たとえばセルゲイ・プロコフィエフニコライ・カプースチンはドネツクの生まれ。
レインゴリト・グリエールウラディミール・ホロヴィッツはキーウの生まれです。

とくにオデッサは音楽に関しては奇跡の都であり、この街出身の音楽家は、

 スビャトスラフ・リヒテル、ナタン・ミルシティン、エミール・ギレリス、シェーラ・チェルカスキー、ダヴィッド・オイストラフ、シモン・バレール、マリヤ・グリンベルク、ベンノ・モイセイヴィチ・・・

枚挙にいとまがありません。
オデッサの空気を吸って水を飲んだら音楽が上達するんでしょうか?
とにかくクラシック音楽ファンはオデッサに足を向けて寝られないのであります。

彼らは音楽ファンからかつては「ソ連の演奏家」と言われ、いまは「ロシアの」と言われがちですが、これからは「ウクライナの」と言わなくてはなりません。
「歴史上の重要な舞台でロシア人と思われているのが実はウクライナ人というのはよくあることだ」(本書78ページ)

あとがきでは、他国(とくにロシア)から度重なる干渉を受けた苦難の歴史にも触れられていて、「ウクライナはロシアの一部ではない」ことが実感できます。
そしてロシア革命後、ウクライナの独立を目指す活動家をソ連が次々に暗殺していたことも知りました。

著者、オリガ・ホメンコ氏はキーウ出身、キーウ大学卒業後に東京大学大学院で博士号を取得した「国境を超えたウクライナ人」です。
キーウで教育・文筆・翻訳を行っていますが、2022年5月現在、戦争のため避難を余儀なくされているそうです。
・・・早く戦争が終わりますように。

(2022.05.04.)

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