最相葉月/星新一 1001話をつくった人
(新潮社 2007年)



Amazon.co.jp : 星新一 一〇〇一話をつくった人



キソ氏は本が好き。 読書家といえば聞こえはいいが、じつは病的な活字中毒。 風呂の中でも本を手放さない。
ある日湯船で、古本屋で買った星新一の文庫本を読んでいると、手がすべって湯の中に落としてしまった。
「あ、しまった。せっかく面白いところだったのに、これではもう読めないぞ」
そのとき、風呂の湯がぶくぶくと沸きあがった。 驚くキソ氏の前に、白い衣を着た美しい女性が。
「私は本の女神。お風呂の中でも本を読むとは感心な人です」
「おほめにあずかり光栄です」 キソ氏は両手で前をかくしながら答えた。
「ところで、あなたがいま落とした本は、カバーも無いヨレヨレの文庫本ですか。
 それともこの、インクの匂いも真新しい新刊ホヤホヤのハードカバーですか?」
「ヨレヨレの文庫本です」
「正直な人です。ごほうびにハードカバーのほうをあげましょう」
「ち、ちょっと待ってください、読みかけのショートショートが・・・」
しかし女神は、キソ氏にハードカバー本を渡すと消えてしまった。
「やれやれ、仕方がない、風呂から出て、もらった本を読もう。 
タイトルは・・・おお、『星新一 1001話をつくった人』か」

(無駄に長いプロローグだ!)

私、かねてから星新一のショートショートは、日本が世界に誇るべき文学的遺産じゃなかろうかと思っております。
O・ヘンリーのひねり、F・ブラウンの機知、カフカの不条理、ダールの怖さ、アシモフの先見性、
すべて星新一の中に見出すことができます。 できますってば!(断言)
平明な文章で書かれているので、軽く見られがちですが、文学的レベルは決して低くないと思います。

星新一、今年は没後十年にあたるのですね。
この特異な作家の、今まであまり知られていなかった人間像を知ることができる、ファンにはたまらない本です。
同時に、戦後の日本SF史を鳥瞰することもできて、SFファンにもたまらない本です。

新一はそもそも日本を代表する製薬会社、星製薬の御曹司。
戦後、会社は倒産。 その倒産劇のなかで、人間の醜い面をたくさん見た新一ですが、
作品ではむしろ、人間の内面を描くことを徹底して避けます。

新本格ミステリの仕掛け人として有名な講談社・宇山秀雄の、編集者としてのスタートは星新一だったとは、「へえ〜」です。
タモリとの意外な交友関係、筒井康隆との深い友情なども、初めて知りました。

文庫本が売れに売れ、長者番付の常連だった一方で、文学賞には縁のなかった星。
ある芥川賞作家から「星さんみたいに本が売れるようになるには、どうしたらいいんでしょうかね」と声をかけられて、
「あなたねえ、文学賞をとるか、本を売るか、どちらかにしてくださいよ」(412ページ)

当時(いまもか?)、SFは文学とは認められておらず、文壇や編集者の無理解にはずいぶん苦労したようです。

作品が長く読まれるように、晩年まで手を入れ続けていたこと、これは意外でした。
そもそも、星新一は、「固有名詞を使わない、性描写は避ける、時代の風俗を描かない」
の三原則を守っていて、いつ読んでも古さを感じさせないのですが、その上さらに改訂を繰り返していたとは・・・。
ちなみに初期の代表作「ボッコちゃん」を読んで、これが1958年の作品であると思う人は少ないでしょう。

それにしても、クリアな文体、人間を見つめる怜悧な眼差し、精密な科学的思考、意外と厭世的な世界観など、
はまればはまるほどに魅力的な星新一ワールド。

著者・最相葉月は2003年に、星新一のショートショートを題材にした科学エッセイ「あのころの未来」を書いています。
その後、人間としての星新一に興味をもち、膨大な資料と綿密な取材の上に本書を書き上げました。
客観的で冷静な筆致で、晩年の創作力の衰えをもセキララに描きます。

読み終わったいま、星新一のショートショートを次から次へと再読したい願望がっ!
今日も本屋で何冊か仕入れてきて、家に帰って本棚に入れようとすると、
「この本持ってた!!」
そう、私はよく星新一東海林さだおをダブり買いしてしまうのです。 トホホ。
本の女神様、まだ読んでいない本と交換してくれませんか〜。
(07.6.30.)

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