東海林さだお/丸かじりシリーズ(文春文庫、文芸春秋社)


Amazon.co.jp : 伊勢エビの丸かじり

夜、眠る前に読む物が欲しいときがあります。
暗くて重たい内容の本はいけません。夢でうなされそう。
面白すぎるエンタテインメント小説も、夢中で読んじゃって気がついたら東の空が白々、なんてことになるのでダメ。
やはり理想は軽いエッセイ、というわけで最近愛読しているのが東海林さだおさんの「丸かじりシリーズ」です。
1987年から「週刊朝日」に連載されている食べ物エッセイで、現在も続いています。
すでに20冊が単行本化されていて、うち十数冊は文庫になっている、大河エッセイ(あるか、そんな言葉?)
面白く、わかりやすく、しかも味わい深い文章、っていうかはっきり言って名文のオンパレードです。
天才的な文章技巧を駆使して見事に描写する対象が、
自然の情景でも芸術絵画でもなくて「食い物」である、というのが実にすばらしい。

 トンカツの魅力は、荒涼とした茶色い大陸のような形の重量感、表面のコンガリ感、
 油切れよく揚がったカラリ感、それにコロモの香ばしさ、ジューシーで味の濃い豚肉の旨味、
 そこのところにからまってくるドロリとしたトンカツソースの甘味と酸味、
 さらにそこのところにからまってくるカラシの辛味・・・と言ったところだろうか。
                              (「ナマズの丸かじり」より「トンカツの祝宴」)

 しばらくお目にかからなかったなあ、カキフライ。
 皿の上のタルタルソースをよくまぶしてまず一個。
 うん、コロモがさくさくして、突然、ぷっくりしたカキの感触になって、うん、そう、このほのかなミルクっぽい海の甘味と、
 それからかすかな苦味は、ホラ、あれだ、はらわたのちょっと黒いとこ。
 それからまた、とろりとした甘味をふくんだ貝の味になって、最後にカキ独特の渋みになりかかったところに、
 タルタルソースのマヨネーズっぽい味が参入してきて、うん、このような大団円になる。

                               (「ワニの丸かじり」より「カキフライはじまる」)

飄々とした味わいとユーモアの感覚は、内田百閧ノ通じるような気がしてなりません。

ときどきTVで、タレントが各地のうまいものを食しては、
一つ覚えの様に目を見張って「うまい!」「おいしーい!」なんて言う番組がありますが、
ああいうタレントの方々にもぜひ熟読していただきたいですね。

それにしても週一回「食べ物」を題材にしたエッセイを15年以上。
すでに総数700編を越えていると思われますが、よくネタが尽きないものです。
つい連想するのが、ヴィヴァルディという作曲家のこと(どひゃー、飛躍しすぎ?)
イタリア・バロックの作曲家・ヴィヴァルディは、「同じようなコンチェルトを飽きもせず600曲も書いた」と
悪口を言われることがありますが、よく聴くと1曲1曲様々な工夫を凝らし、
同時にどの曲も確かなヴィヴァルディ節にまとめあげるという離れ業をやっているのです。
東海林さだおさんはまさしく、「エッセイ界のヴィヴァルディ」と言えましょう。
(んなこと言われてもうれしくもなんともないでしょうがね)

ただ、困ったこともあります。
読んでいると無性にいろんなものが食べたくなってきてしまい、
その衝動を押さえつけるのにきわめて強い意思の力が必要となるのです。
うーむ、これは精神の鍛錬法としても使える・・・(わけないだろ!)
あと、海外赴任者にプレゼントするのは絶対に避けたほうが良いと思われます。
「蕎麦食わせろ〜!」「カツ丼食べたーい!」と異国の地で七転八倒するは必定。
あとで間違いなく恨まれます。

実は私、まだこのシリーズ、5冊しか読んでいないのであります。
あと15冊も残っていると思うと、なんだかうれしくなりますね。
一度に食べると、いや読むともったいないので、これからもチビチビこなしてゆきたいと思ってます。
(03.6.9.記)

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