アダム・ファウアー/数学的にありえない
(矢口誠 訳 文藝春秋社 2006年)

数学的にありえない〈上〉 数学的にありえない〈下〉

<ストーリー>
癲癇発作に悩む数学者ケインは、藁にもすがる思いで新薬の治験患者に。
彼に目覚めた、「確率的にほとんどありえない出来事を実現させる能力」は、薬の副作用か?
その能力を目当てに、ある組織が彼の身柄を確保しようと動き始める。
ほかにも、北朝鮮に追われるCIAの女スパイ、謎の人体実験を続ける科学者、
ロトくじで2億4000万ドル当てた男、難病の娘を持つ傭兵など、色々な人物の思いと行動が交錯。
クライマックスでは随所に仕掛けられた伏線が起爆、物語は驚愕の結末へ----。


世界は伏線でできている?


数学の本か? と思わせるタイトルですが、じつはサスペンス・アクション小説。
原題は"Improbable"
「ありえない」「ありそうもない」という意味ですが、
その前に「数学的に」の一言を付け加えた訳者のセンスが光ります。

前半は、一見無関係な複数の物語が並行して進行という、よくあるパターンですが、
後半ストーリーはひとつに収斂、クライマックスではジェットコースターのようにうねり渦巻きながら、
見事としか言いようのない結末になだれ込みます。
風が吹けば桶屋がもうかり、因果は巡るバタフライ効果、
もう読書家的にありえないスピードでページをめくらされます。

前半に引きまくった伏線を、後半でパズルのようにきっちり回収してゆく手腕は最高。
こういう「あっぱれ伏線完全回収小説」、大好きなのですが、
ストーリーテリング的に大変なテクニックを必要とすることもあり、意外に良いものにありつけないのです。
ルイス・サッカー「穴」、コニー・ウィリス「航路」、映画「サマータイムマシン・ブルース」
などに肩を並べる傑作じゃないでしょうかこれ(ほめすぎ?)

主人公・ケインが「起こりうるあらゆる未来」を透視する場面の書き方、
ここでは眩暈がするようなSFX効果がふんだんに使われています(←小説だってば)
そして戦闘シーンが生身の人間的にありえないまでのかっこよさ!
これ絶対CGですね(←だから小説だってば)

大変面白く読ませてもらったのですが、疑問点がひとつ。
(ネタバレ→) ジュリアの目的がエリザベスを救うことにあったにもかかわらず、
エリザベスの父親であるマーティンをあっさり殺してしまったのは何故? 悲しむぞ。


素晴らしいエンタテインメント小説でありました。
しかしながら、上下巻で合計4400円というのは、私にとって経済的にありえないので、
図書館で貸していただきました、あしからず。

(07.10.15.)

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