奥泉光/鳥類学者のファンタジア(集英社 2001年)



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<ストーリー>
 池永希梨子(通称フォギー)は、36歳のジャズ・ピアニスト。
 ある日いつもの店でライヴ中、ピアノの横に黒づくめの女性が立っているのに気づきます。
 その存在が気になったフォギー、休憩中に店の外で彼女に話しかけますが、
 女性は「あなた、もしかしたらパパゲーノじゃないの?」「ピュタゴラスの天体があんなふうに演奏されるなんて
 と、謎めいた言葉を残して姿を消します・・・。
 やがて夏になり、法事に帰省した父親の実家で古いオルゴールを手にしたフォギーは、
 いきなり1944年のドイツにタイムスリップ。
 じつはフォギーの会った事のない祖母は、曾根崎霧子というピアニストで、
 留学先のベルリンで1944年に消息不明になっていたのです。
 過去の世界で出会った祖母・霧子は、やはりいつかの黒づくめの女性でした。
 フォギーと霧子は、ナチスや日本海軍を向こうにまわし、
 伝説の「ロンギヌスの石」「オルフェウスの音階」を巡る冒険へと飛び込んでゆきます。



・・・と、ストーリーだけ紹介すると、SF冒険ファンタジーみたいなノリですが、
わははははは! 実は今年下半期で一番笑えた小説です、これ。 最高のストレス解消本。
それは主人公である希梨子(フォギー)のキャラクターによるところが大でありまして、
美人でキップが良いけど酒好きで、のんきでウカツで面倒くさがりな、なんとも魅力的なヒロイン。
この人どこへ行ってもまずトイレの場所を気にする癖があります。おしっこ近いんですね。
フォギーの祖母(若いけど)である霧子も、いつもピリピリしているようでどこか抜けていて、
彼女達の「ゆる〜い」キャラクターが、小説全体を見事に骨抜きにしてくれます。

1ページに最低1箇所は笑いどころを設けてあり、サービス精神あふれんばかり。
1944年のドイツで「武富士」のポケットティッシュを見咎められ、必死で言いぬける場面とか、
ドイツ語がわからないのでナチス将校が何を言っても、
「君は死刑だよ。あ、その前に拷問もね」と言ってるような気がして震え上がるところなど、
笑いのツボの真ん中をツンツンしてくれます。

めくるめくような冒険のあと(でもホントのところ何がどうなったのか私にはよくわからん)、
ジャズ・ピアニストであるフォギーのためのスペシャルな小冒険が用意されていて、
ここはジャズファンならば全身から感激涙を噴出しまくるところ(私でもけっこう感動)。

ラストはオープン・エンディングというのでしょうか、いくつもの謎が解かれないままに放置されるのですが、
物語の余韻に浸りつつ 「これはこういうことなのかな」 と自分で考えるのがなかなかに幸福な時間。

脇役にも魅力的なキャラクターがたくさん登場します。
謎の女性・加藤さんとか、恐ろしいまでの自信を持つ自称芸術家・脇岡氏
引退して庭いじりをするのが夢のナチス少佐・コフマンなど、みな忘れがたい人たちです。
ぜひとも、じっくり読んで、笑いころげて頂きたいもの。

なお、本屋さんで「鳥類学」の本に混じって置かれていたという、笑えるような笑えないような話があるそうです。

(03.12.9.記)


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