奥泉光/シューマンの指
(講談社 2010年)




Amazon.co.jp : シューマンの指 (100周年書き下ろし)


<ストーリー>
シューマンの音楽は、甘美で、鮮烈で、豊かで、そして、血なまぐさい――。

シューマンに憑かれた天才美少年ピアニスト・永嶺修人
彼に焦がれる音大受験生の「わたし」。
卒業式の夜、高校のプールで女子生徒が殺害された。
現場に居合わせた修人はその後、右手の中指を切断する怪我を負い、事件は未解決のまま30余年の年月が流れる。
そんなある日「わたし」の元に、修人が外国でシューマンの協奏曲を弾いたという噂が伝わる。
修人の指にいったいなにが起きたのか――。



むかし、土屋隆夫「赤の組曲」というミステリを読みました。
美世秋男という夫婦がいて、妻のほうが失踪してしまいます。
そこで夫は新聞に広告を出します。

 「ビゼーよ帰れ  シューマン」

これはオヤジギャグ史上もっともロマンティックなフレーズとして、私の心に深く刻まれました。
なお小説の内容は完全に忘れました。

奥泉光さんの「シューマンの指」を読んでいて、久々にこのフレーズを思い出しました(←深く刻まれてるんじゃ!?)

傑作「鳥類学者のファンタジア」以来、9年ぶりの音楽小説。
しかし「鳥類学者」とは、ずいぶん雰囲気が違います。

なんといっても、どこにもギャグがない!

「鳥類学者のファンタジア」は、1ページに1か所くらい笑うところがありましたし、
文学界・出版業界を思い切りコケにした とりあげた「モーダルな事象」も、大笑いさせてもらいました。
ところが、「シューマンの指」では、ひたすら格調高いシューマン論・音楽論がくりひろげられるのです。
奥泉さんは、シューマンについて語って語って語りたおしたい一心でこの小説を書いたに違いありません。

 「シューマンはね、突然はじまるんだ。ずっと続いている音楽が急に聴こえてきたみたいにね」(89ページ)

 「小品集でシューマンはソナタをやろうとしたのだ」(123ページ)

 「演奏なんかしなくたって、音楽はすでにある。完璧な形でもうある。
  楽譜を開く、それを読む。それだけで、音楽がたしかな姿でもう存在しているのがわかる」(214ページ)
 
など、たいへん興味深く読みごたえあります。
しかし、クラシックに興味のない読者はどう思うか、ちょっと心配な気も。

ミステリとしても、とても面白かったです。
「右手中指を切断したはずのピアニスト・永嶺修人が、なぜシューマンの協奏曲を弾けるのか?」
という謎を縦軸に、卒業式の夜に高校のプールで起きた女生徒殺害事件が緊張を高めます。
終盤、事態は二転三転、最後に明らかになる仕掛けには唖然とさせられました。

ことしのミステリ・ランキングでは、上位に入ってくるのではないでしょうか。


さて、この小説を読むと、当然ながら無性にシューマンのピアノ曲が聴きたくなります。
お手軽なのは、イエルク・デムス「シューマン・ピアノ曲全集」
13枚組ですが、オドロキの価格です。
この値段でシューマンのピアノ曲が丸ごと手に入るなんて!
演奏も派手ではありませんが堅実で好感度高いです。
(ただし解説なし、曲目表記はドイツ語のみです)



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「ピアノ協奏曲」は、浪漫全開・抒情上等なラドゥ・ルプー(顔はケモノのようですが)の録音が好きです(これが私の刷り込み演奏)
アルゲリッチ姐さんとアーノンクールの、奔放で切れ味スルドすぎるライヴもいいですね(ブチ切れ具合が好み)

(10.10.13.)

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Tower : Schumann: Piano & Violin Concertos


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