パトリック・クェンティン/二人の妻をもつ男(1955)
(大久保康雄・訳 創元推理文庫)



Amazon : 二人の妻をもつ男 (創元推理文庫)


ビル・ハーディングは元作家、いまは出版社の幹部社員で、社長の娘ベッシィを妻に迎え、幸福な生活を送っている。
ビルはある晩、場末のバーでかつての妻・アンジェリカに偶然再会する。
彼女は、処女作は成功したが二作目を書けないビルに愛想をつかし、別の作家のもとに走ったのだった。
いまも変わらず美しいアンジェリカだが、生活に疲れた、すさんだ感じがあった。
彼女はジェイミイ・ラムというまた別の作家志望の男に熱をあげていた。
彼はハンサムだが酒に酔うと女に暴力をふるうような男だった。


最近、オールド・ミステリを良く読んでます。
過度に暴力的だったりグロいところがないので、安心して読めて良いです。
年をとるとどうも刺激的なものを受け付けなくなってくるようです。

「二人の妻をもつ男」(1955)は、「パズル・シリーズ」で有名なパトリック・クェンティンのノン・シリーズもの。
著者の最高傑作とも言われる長編です。

精力絶倫な男の話なのかと思ったら、主人公はかつて妻に逃げられて今は別の女性と結婚している平凡な男。
このビル・ハーディング、イラッとするほどに普通の常識人で優柔不断で「いい人」です。

かつてアンジェリカに裏切られたビルですが、彼女の窮状を見かねて悩みを聞いたり金を貸したり。
アンジェリカの弱みには付け込まず、「僕が愛しているのは今の妻ベッシイだ」と断言します、おお、いい男じゃん。
でもアンジェリカのことはベッシイには黙っています(波風たったら困るもんね〜)。

ところがアンジェリカのヒモで作家志望のジェイミイ・ラムが、ビルが出版社の社員であると知り、会社に売り込みにやってきます。
そこでベッシイの妹ダフネとばったり。
奔放なお嬢様ダフネは、ビルとジェイミイの因縁など知る由もなくハンサムなジェイミイに一目ぼれしてしまいます・・・。


ビルは、アンジェリカと再会したことをベッシイになんとなく隠していて、その小さな秘密を糊塗しようと嘘を上塗りするうちにジェイミイが何者かに殺害されます。
アンジェリカが容疑者となり、ビルまでがんじがらめになってゆく過程はリアルでサスペンスフル。
やっぱりいけませんよね〜、奥さんに隠し事しちゃあ。
え、うちは大丈夫ですよ、なに言ってるんですか、なにも隠してなんかいませんよ、いやだなあ、は、は、ははははは。

サスペンス小説であって本格推理ではないのでこれと言ったトリックはありませんが真相はなかなかに意外、そして序盤から伏線はしっかり張られています。
犯人の心情を考えながら再読すると、なんでもない場面がじつは非常な緊張に満ちていたことがわかります。

ちょっぴりネタバレしちゃうと、ビル自身はなにひとつ犯罪を起こさないのですが、
読み終わって考えるにじつは一番悪いのはビルの優柔不断さ、中途半端なやさしさだったのではないかと思えるところが怖いです。

(2019.07.15.)


その他の「パトリック・クェンティン」の記事
クェンティン(パトリック)/女郎蜘蛛
クェンティン(パトリック)/犬はまだ吠えている


「本の感想小屋」へ

「更新履歴」へ

「整理戸棚 (索引)」へ

HOMEへ