朝吹真理子/TIMELESS
(新潮社 2018年)
Amazon : TIMELESS
「私は、クラゲに生まれ変わりたい」
そんなことをぼんやり考えている娘「うみ」は、高校時代の同級生「アミ」と「恋愛感情がないことを確認しあって」結婚する。
同窓生の結婚式、同窓生の死、葬儀の帰りに二人で歩く六本木、そこに重なる400年前の江姫の葬儀の記憶。
ぎこちない「交配」を経てうみは妊娠、それと同時にアミは姿を消す。
2035年、父を知らぬまま17歳になった息子の「アオ」は、旅先の奈良で、不思議な夢を見る。
待望の芥川賞受賞第一作。
ガラッ八:おっ、親分なにやら本を読んでますね。朝吹真理子/TIMELESS でやすか。
親分:2011年に「きことわ」で芥川賞を受賞して話題になった朝吹真理子、なんと7年ぶりに受賞第1作が刊行されたぜ。
なお受賞後まもなく東日本大震災が起ったので、俺の中では朝吹真理子といえば何故か地震を連想しちゃうんだなあ〜。
(注:私は四国在住で地震の被害はありませんでした)
ガラッ八:そんなこと言われても、それこそ作者には関係ないでしょうに。
親分:しかし"TIMELESS"には、東日本大震災と原発事故への言及がある。
2011年1月末に受賞して時の人になってまもなくの大災害、本人にもいろいろ思うところあったんじゃ?
受賞から7年間、まともな小説を発表しなかったのは、あの未曽有の災害の影響もあるのかも・・・というのはうがった見方かな。
ガラッ八:あっしは関係ないと思いますけどね〜。 で、どんな小説なんで。
親分:ひとことで言って、「夢と現実のあわいを漂う」って言うのかな。
登場人物がみな地に足がついていないようで他人事ながら心配になるぜ。
ガラッ八:他人事っていうかそもそも小説の登場人物だから余計なお世話でやんす。
親分:ヒロイン「うみ」は、「私は、クラゲに生まれ変わりたい」なんて言ってるが、このふわふわした現実感のない女性、すでにして半分クラゲみたいだな。
夫である「アミ」も架空の存在という「オチ」でもおかしくない希薄さで、向こうが透けて見えるほどだ。
ガラッ八:えー、念のため訊いときますが、怪談じゃないんですね。
親分:チョー格調高い文学作品だよ、もっとも終盤近くにちょっとホラーっぽいシークエンスがあるが。
文章は精巧・緻密・流麗・繊細。
全編が一つの詩のようだ。
逆にストーリーはあってないようなもの、東京に暮らすセレブな人々(しかも全員美男美女)の心象風景が淡々と展開するだけといってもいい。
作中ではほぼ20年が経過するんだが、登場人物はあまり年を重ねた印象を受けず、それこそ六億年前から形態が変わらないというクラゲを連想する。
なんかこの人たち全員、体温も心拍数も低そうだ。
ガラッ八:褒めてるんだか貶してるんだか。
親分:まあとにかく美しいんだってば。
濃密でありながら透明、クールでありながら情感にも不足しない流麗な文章。
神秘的でファンタジックな世界が頭の中に構築されていく感覚だな。
あと、音楽への言及が興味深い。
SAKAMOTO&MORENBAUM/CASAとか、FLIPP&ENO/EVENING STARとか、Astrud Gilbertoとか、邪魔にならない環境音楽的な選曲がこの小説の性質をよくあらわしている。
ガラッ八:つまり親分的にはオススメってことで?
親分:俺は面白かったよ。
ただ、「うみ」にちなんでいうと、魚に「食用魚」と「観賞魚」があるように、文学にも食用と観賞用があるとすれば、"TIMELESS"は圧倒的に鑑賞用だな。
言葉が身軽に変幻し、情景が動いて、サラサラとした快感のうちに通り過ぎてゆく。
だから、エンタテインメント性とか内面的な感動とかを求めてしまう方には物足りないかもしれないな。
なお2035年には人は癌では死ななくなっているけど、多剤耐性菌が増えて感染症でコロコロ死んでいく、って設定は、思わず「「リアル〜」と唸ってしまったな。
ガラッ八:へー、多剤耐性菌、怖いっすねー。
親分:まあ、お前みたいに何十年も風邪ひとつひかないやつは心配ないんじゃないかな。
著者自身による朗読
(2018.08.18.)