やまむらはじめ/天にひびき(全10巻)
(少年画報社 2009〜2014)



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ヴァイオリンを習う小学生・久住秋央は幼馴染・迫田美月の父親がコンサートマスターを務めているオーケストラの練習を見に来ていた。
だが指揮者の曽成氏とオケの息は全く合わず、休憩時に曽成氏は失踪。
そこへ突然ひとりの少女が現れ、父の代わりだと言って指揮棒を振り始める!
9年後、流されるように惰性で音大生となった秋央はあの日の少女・曽成ひびきと衝撃の再会を。
クラシック音楽にすべてを捧げる若者達の青春音楽ストーリー!




クラシック音楽をテーマにした漫画の中でいちばん好きなのが、

 やまむらはじめ「天にひびき」(全10巻)(2009〜14)

音大生や音楽家の生態をリアルに描いた長編。
森に放置されたピアノを弾いてショパン・コンクールに出る神童も、不治の病に冒された美少女ヴァイオリニストも出てきません。
地道に練習して音大に受かった若者たちや、音楽で飯を食っていくべく日々努力する音楽家たちが主人公。
綿密な取材を重ね、現実に即したスタンスでクラシック音楽の世界を丁寧に描いています。

結果的に・・・

 地味です

・・・いや私としてはマンガチックで「ありえねー」な展開が少ないところが好きなんですけどね。
でも今回読み返してみるとやっぱり

 地味でした (だが、そこがいい)

音楽漫画といえばお約束の「天才キャラ」はいちおう出てきます。
曽成ひびきというボーイッシュで天衣無縫な娘で、指揮者として凄い才能を持っている設定。
でも才能はあっても経験はないので、挫折や失敗もしっかり味わい、あちこちで壁にぶつかります、リアルだわ〜。
カラヤン、アバドといった「天才指揮者」たちも若い頃はこうだったのかもしれませんね。

音大指揮科のレッスン風景もきっちり描かれてて興味深いです。
マニアックだな〜。

 (授業ではじめて学生オケを振らせてもらうひびき・・・しかし散々な出来に)

もう一人の主人公・久住秋央は音楽一家に生まれ子どものころからヴァイオリンを習わされ、
ほかに得意なこともないのでなんとなく音大生になってしまった、ボーッとしたメガネのアンちゃん。
大学でひびきと再会しその才能に圧倒された彼は、「彼女の指揮で演奏するに恥じない奏者になりたい」という意識に目覚め、
はじめて真剣にヴァイオリンと向き合い始めます。

 この秋生がどういうわけかモテる、これだけがこのマンガの非現実的な設定と言えましょう。

幼馴染で新進ピアニストの迫田美月、ヴァイオリン科の同期生波多野深香から想いを寄せられますが、
本人はヴァイオリンの練習に必死でろくに気づかないという鈍感ぶりを遺憾なく発揮。
そして曽成ひびきは楽譜は読めても空気は読めない不思議ちゃんなのでラブコメ展開は有って無きがごとく。

 (秋生のアパートを訪れる際に身だしなみチェックする美月)

秋生に想いを寄せる波多野深香はいつも黒ずくめの服で「黒姫」と呼ばれる美女。
ロシア物を得意とし、学生なのにショスタコーヴィチのコンチェルトを弾ききってしまうほどのテクニシャン。
学内コンサートでウストヴォリスカヤのヴァイオリン・ソナタを弾く場面もあります。 シブイ。
でもサラサーテやサン=サーンスといった、華やかで艶のある音楽は苦手だったりします。

 (一心不乱に練習する秋生を見つめる深香)

 

脳出血に倒れてリハビリに励むヴァイオリニストや、オケを定年退職して虚しさに襲われるチェリストなど、中高年も出てきます。
さまざまな音楽家の悲喜こもごもが活写された群像劇です。

全10巻ですが、クラシックファンなら一気読み間違いなし。
最終巻では、それまでひびきたちとかかわった音楽家が一堂に会してマーラー「大地の歌」の自主公演を開催。
コンサートの準備過程も丁寧に描写され、本番でクライマックスを迎えます。
連載打ち切りとかではない綺麗な大団円、作者も「描き切った」感がありそうです。

初読時は謎めいたオープンエンドに戸惑いましたが、今回読み返してみるとこれはこれで余韻のある素敵なラスト。
いろいろと想像を巡らせる余地があります。

あと、「夢のアトサキ」(2007)に出てきたチェロ専攻の音大生葛原亜耶がプロのチェリストになって登場するのは個人的に嬉しかったな。
絵描きの彼氏とはどうなったのかな。

 (最終巻 「大地の歌」のリハーサルにて)

なお監修は吉松隆氏。
各巻に吉松氏執筆の音楽コラムも収録されています。

以下、吉松隆氏の「天にひびき」についてのブログより引用
「リアルにオーケストラの楽器を描く場合、演奏している曲のパートの数とか楽器の種類、果ては運指(指の形)やボウイングのポーズの描写!まで必要になるわけで、
 やまむら氏もコンサートに通ったりヴァイオリンのレッスンを受けたりDVDやYouTubeの映像で確認したり相当な研究をされたそうだ
 (実際、この最終巻でマーラーの「大地の歌」を演奏するシーンがあり、「第一楽章冒頭のトランペットは弱音器を付けていますか?」と聞かれ、スコアを改めて確認したほど)。


 マーラー「大地の歌」・第3楽章「青春について」より
 


(2025.07.26.)


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