村上春樹/一人称単数
(文藝春秋 2020)



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「一人称単数」とは世界のひとかけらを切り取る「単眼」のことだ。
しかしその切り口が増えていけばいくほど、「単眼」はきりなく絡み合った「複眼」となる。
そしてそこでは、私はもう私でなくなり、僕はもう僕でなくなっていく。
そして、そう、あなたはもうあなたでなくなっていく。
そこで何が起こり、何が起こらなかったのか? 「一人称単数」の世界にようこそ。


僕の妻はかれこれ半世紀を生きているのだけど、いまだかつて村上春樹を読んだことがない。
結構な読書家で、庄野潤三は全部読んでいるし、卒論のテーマはエーリッヒ・ケストナーだったそうだ。
ちなみに今日は幸田文を読んでいた。

 しかし村上春樹は読まない。

「ベつに嫌いなわけじゃないの」 彼女は言った 「単に出会わなかっただけ、今まで私が犬を飼ったことがないのと同じよ」

「村上春樹は犬じゃないよ」

「それはそうだけど」 彼女は笑った 「もし道路わきに置かれた段ボール箱に村上春樹の本が入れてあって『拾ってください』と書いてあったら持って帰って読んだかもしれない」

 その喩えは村上春樹にも犬にも失礼な気がしたけれど、この世界にはあえて指摘しないほうが平和を維持できる事柄がたくさんあることを僕は学んでいた。

「それなら試しに読んでみるかい、新しい短編集が出たんだよ、面白かったよ」

「悪いけれど」 彼女はかぶりを振った 「『村上春樹を読まない』ことは、すでに私のアイデンティティの一部分になっているの。もし読んでしまえば、私という存在が揺らぐ気がするのよ」

 多少おおげさに考えすぎていると思ったものの、彼女が騾馬を千頭集めたくらい頑固であることを、僕はよく知っていた。

 一人称単数

タイトル通り、「僕」の一人称で語られる短編が並んでいる。
以前「東京奇譚集」に出てきた品川猿が再登場していた。
法事のときにしか顔を合わせない遠くの親戚が突然訪ねてきたような気分になった。
最後に収められたタイトル・ナンバー「一人称単数」はホラーとしても秀逸だった。
上等なスーツを着てひとりでバーに行くのが怖くなった(そもそも行かないが)。
あと著者には申し訳ないけれど、やはり「クリーム」にはなんらかの解決というかオチが欲しかった。
メイン・ディッシュがないコース料理を食べたような、砂漠の真ん中でガイドがいなくなったような、宙ぶらりんな感じだ (ミステリ・ファンの悪い癖かもしれないが)。

嬉しい驚きは挿画が豊田徹也であること。
好きな漫画家さんで、「珈琲時間」「ゴーグル」はいまも愛読している。
軽妙なタッチで人生の無常と機微を描く作風は村上春樹に通じるものがあるかもしれない。
超寡作で永く消息を聞いていなかったので、新作のイラストを見たときは干上がった井戸にふたたび水が湧き出したのを目撃したような気持になった。

(2020.07.26.)



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