アンナ・ツィマ/シブヤで目覚めて(2018)
(阿部賢一・須藤輝彦 訳  河出書房新社 2021年)



Amazon : シブヤで目覚めて


プラハの大学で日本文学を専攻するヤナ・クプコヴァーは、大正時代に短編数編を残して消えた謎の作家・川下清丸を研究している。
いっぽう東京では、かつて日本に旅行した17歳のヤナから「分裂」したヤナの生霊が渋谷の街をさまよっていた。
ヤナと後味の悪い別れ方をして日本に留学してきたヤナの同級生ヴィクトル・クリーマは渋谷でヤナの生霊に出会う。
ふたり(?)はプラハにいるヤナのために川下清丸について調べ始める。


種も仕掛けもたっぷりある、手の込んだ小説を堪能。
とても新鮮、かつ巧妙に構成されていて、エンターテインメントとして楽しく読めました。

 アンナ・ツィマ/シブヤで目覚めて

軽く驚くのがチェコの大学に日本文学を専攻する学生がけっこういて、安倍公房や村上春樹のみならず、松本清張や島田荘司も研究対象になっていること。
もちろん日本にもチェコ文学の研究者がいて、フランツ・カフカやカレル・チャペックを翻訳してくれているわけですが。
なお学生たちが日本に興味を持つきっかけはアニメとゲームが圧倒的に多いそう。
そんな中にあってヤナは、「ナルト」にも「ファイナルファンタジー」にも興味はなく、
村上春樹の「アフターダーク」で日本にはまり、好みのタイプは三船敏郎と仲代達也という「変わり者」です、渋いぜ。

ヤナは、川下清丸という作家の短編「分裂」に魅了されますが、彼の作品で翻訳されているのはそれだけ。
そこで自力で短編小説「恋人」を翻訳しつつ川下について調べますが、資料は少なく調査は難航。
優秀だが不愛想な同級生ヴィクトル・クリーマの協力で道が開け始めた矢先、彼は日本への留学が決まります。
喧嘩別れみたいな恰好で日本にやって来たヴィクトルは渋谷でヤナを見かけてびっくり。
実はそれは数年前に日本旅行したヤナが日本に残していった「想い」、つまり生霊でした・・・って、なんじゃそりゃ。

生霊といえば、日本にも六条御息所(源氏物語)という大御所がいますが、なんというぶっとんだ設定。
それを「そういうものか」と納得させてしまう筆力の巧みさに、すっかりまるめこまれてしまった素直な私です。
ヤナの生霊は数年で日本語を完全にマスターし、軽くポップなノリで渋谷をさまよいます。
さすが21世紀の生霊は若さにあふれているぜ(霊だけど)。
ただし生きている人間とはコミュニケーションが取れず(なぜかヴィクトルは例外)、宙ぶらりんな不安に苛まれています。
私も東京に出張するとよく道に迷って焦ったりしましたから親近感わきますね(←単なる方向音痴)。
新型コロナウイルスが流行してからはさっぱりご無沙汰ですが。

作中作である川下清丸の「恋人」はエロスと情念薫り立つ恋愛小説で、大正時代ですがどこか村上春樹「ノルウェイの森」を連想します。
もんでんあきこがコミック化したら面白そう。
川下の友人として横光利一の名がよく出てきて、最近読んだ山川直人版「機械」を思い出します。

川下清丸の生涯を解き明かすミステリ仕立てにもなっていて、リーダビリティー満点、楽しく読み終えました。
東京とプラハが交互に舞台となり、大正時代の小説が挿入されるのに、ややこしくなくすっきり読める巧みな構成。
このあと、ヤナと生霊とヴィクトルの関係はどうなるのでしょうか。

著者のアンナ・ツィマ(Anna Cima, 1991〜)はヤナと同じく日本文学専攻で、日本に留学してきてそのまま住んでいるそうです。
日本文学に関しては並の日本人よりずっと詳しそうですが故郷のチェコを懐かしむ思いもあり、
コロナ禍で帰郷が難しいいま、ヤナとは逆にチェコに「想い」を残しておられそうです。
本書は2018年にチェコで刊行されるやベストセラーとなったそうです。

(2021.08.14.)

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