エリザベス=クロード・ジャケ・ド・ラ・ゲール/ヴァイオリン・ソナタ集
(リナ・トゥール・ボネ:Vn ほか 2011録音)



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Tower : ド・ラ・ゲール/ヴァイオリン・ソナタ集

「パリに奇跡が出現している。彼女は大変な難曲を初見で歌う。
 自分が歌うときも他人が歌うときも伴奏をつけるのだが、そのクラヴサンの腕前の見事さはこの上ない。
 作曲も巧みで、さらにそれらを指定されたどの調にでも移調して弾けてしまう。
 しかも彼女は当年とってまだ
10歳にもならないのである」        (1677年、音楽雑誌「メルキュール・ギャラン」の記事)


ルイ14世の時代、フランス宮廷に忽然とあらわれた天才少女、エリザベス=クロード・ジャケ(1665〜1729)
この記事の時点で実際は12歳でしたが、年齢のサバを読むのは当時のお約束というか「神童あるある」。
モーツァルトもやってました。

あと当時の音楽家は作曲して弾いて歌えてナンボだったそうです。
現代のシンガー・ソングライターみたいですね。
さらにルイ14世がダンス好きだったので、踊りが上手いと出世しやすかったとも。


 


クロード・ジャケ家は代々鍵盤楽器制作を家業としつつ演奏家も輩出、エリザベスの父もオルガンとクラヴサンの奏者でした。
エリザベスは5歳にしてルイ14世の御前で見事な演奏を披露し人々を驚かせたそうです。
王の愛妾モンテスパン夫人や音楽通のギーズ公女に可愛がられ、ルイ14世も援助を惜しまなかったので、彼女の才能はすくすく成長しました。
1694年にはオペラ座で自作の歌劇を上演し、オペラを発表したフランス初の女性となります。

1684年、オルガン奏者のマラン・ド・ラ・ゲールと結婚、エリザベス=クロード・ジャケ・ド・ラ・ゲールと名乗ります(長い)。
夫とは20年の結婚生活ののち死別、一人息子も10歳で亡くなるという不幸に見舞われますが、
王室は引き続きエリザベスの生活を援助、彼女も音楽活動でそれに応えます。

1707年にはヴァイオリン・ソナタ集を出版。
当時「ソナタ」はイタリアで盛んでしたがフランスではあまり作られず、器楽曲は「組曲」が主流でした。
ルイ14世の宮廷は「フランス・ファースト」、「イタリア風」をおおっぴらにするのは憚られる空気があったのです。
リュリもクープランもラモーも基本的に「ソナタ」は書いていません。
しかし王と親しかったエリザベスはそうした気おくれと無縁でいられたんですね。
しかもこの曲集、老王自ら大絶賛、「他の何にも似ていない」と誉めそやしたと言われます。
フランス風の曲ばかり聴いていたルイ14世にはたしかに新鮮に聴こえたのでしょう。

 ソナタ第2番 ニ長調 第3楽章 プレスト (可憐で優美な曲)
 

この曲集、遅い楽章と速い楽章が交互に現れるイタリア・ソナタの形式に従わず、速い楽章が連続したり、最後が緩徐楽章だったりとじつにフリーダム。
楽章数も曲によってまちまちで4楽章だったり5楽章だったり7楽章だったり。
安易にイタリアに追従しないエリザベス=クロード・ジャケ・ド・ラ・ゲール(長い)の矜持の表われか、それとも単なる気まぐれか。
どちらにしても面白いです。
ただし基本的に耳なじみよく上品で、ドラマティック成分、タテノリ成分は不足気味です(イタリア・バロックはけっこう激しい曲ありますが)。

 ソナタ第3番 ヘ長調 第6楽章 アダージョ (最終楽章ですがアダージョです)
 

演奏はスペインのバロック・ヴァイオリニスト、リナ・トゥール・ボネ
ビーバーの「ロザリオのソナタ」では没入型の熱くアブナイ演奏を聴かせてくれましたが、ここでは優雅に微笑むかのよう。
ジャケットやライナーノートで貴婦人コスプレを披露するなど、かなり楽しんでおられる様子です。

 ソナタ第5番 イ短調 第4楽章 クーラント (優美なクーラント)
 

明るい歌で耳をやさしく覚醒させながら、ときにほの暗い色彩がふわりと陰影を香らせるよう。
花びら舞う庭園を色鮮やかな音たちが戯れているような魅惑の一枚です。

 ソナタ第6番 イ長調 第7楽章 アリア (全曲の最後を飾るさりげないアリア)
 

1721年、ルーヴル宮で行われたルイ15世の天然痘快癒を祝うミサで、エリザベスの「テ・デウム」が演奏されたという記録が残っています。
並みいる作曲家を押しのけて選ばれた曲、さぞ傑作だったと思われますが残念ながら楽譜は残っていません。

エリザベス=クロード・ジャケ・ド・ラ・ゲールは1729年6月27日、パリのアパルトマンで親類縁者に看取られながら64年の生涯を閉じました。

なお作曲家のルイ・クロード・ダカン(1694〜1772)は彼女の甥にあたります・・・って、誰も知らんか。
「かっこう」という曲で(多少)知られている人です。

 ダカン「かっこう」
 

(2023.06.17.)

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