ディヴィッド・ベニオフ/卵をめぐる祖父の戦争
(ハヤカワ・ポケミス 2010年)




Amazon.co.jp : 卵をめぐる祖父の戦争 ((ハヤカワ・ポケット・ミステリ1838))


<ストーリー>
「ナイフの使い手だった私の祖父は十八歳になるまえにドイツ人を二人殺している」
作家ディヴィッド・ベニオフは、ロシア移民である祖父のレフが第二次大戦中、
ドイツ包囲下のレニングラードで体験した数日間の冒険を取材しようとしていた。
1942年の元日、17歳の少年レフは、ひょんなことから1ダースの卵を調達しなければ処刑される羽目になり
20歳の脱走兵コーリャとともに飢餓の街を右往左往したのだった。


抽象画の表紙に、独特の細長い判型(たて18.4センチ×よこ10.6センチ)、ビニールカバーに黄色い小口。
特徴的かつ渋いルックスで親しまれてきた、
海外エンタテインメント小説の最高権威、洋ものミステリの奥の院とも言われる(ホントか?)
ハヤカワ・ポケット・ミステリ

面白い作品たくさん出してるんですが、「一見さんお断り」的な、近寄りがたい雰囲気も。
それが、このたび装丁者の代替わりにより、表紙の雰囲気が変わりました。
相変わらず抽象的ではありますが・・・(あまり親しみやすくはなってないなあ)
かといってラノベみたいにするわけにもいきませんしね・・・。

ともあれ、同時にミステリ以外の分野にも手を広げることにした模様で、
このディヴィッド・ベニオフ「卵をめぐる祖父の戦争」ミステリではありません

著者ベニオフの本業は映画のシナリオ・ライター。
小説は「25時」「99999」の2作を発表していて、どちらも大変面白く読みました。
この第3作は、第2次世界大戦中、ドイツ軍に包囲されたレニングラードが舞台。
そういえば「99999」にも、ロシアの少年兵がろくな訓練もうけず突然チェチェンに送り込まれるという短編がありました。

少年レフは、ドイツ兵の死体からナイフを盗んだ罪で逮捕され、死刑を宣告されます。
しかしレフと、やはり死刑を宣告された脱走兵コーリャを前にして、軍の大佐が交換条件を。

 「まもなく娘の結婚式がある。 結婚式にはケーキが必要だ。 ケーキ作りには卵が必要だ。
  しかし、卵がどうしても手に入らない。
  5日以内に卵を1ダース持ってきたら、無罪放免にしてやろう」


敵に包囲された飢餓の街で、結婚式用の卵を探すという、不条理な命令。
市民がバタバタと餓死してゆくレニングラードでおいそれと見つかるはずはありません。

人肉を食う者もいれば、本の背表紙の糊をはがしてなめたりもします(たんぱく質が含まれている)。
悲惨な世界ですが、コーリャ(金髪碧眼で口がうまくて女にモテモテ)とレフ(気が弱くて小柄)の凸凹コンビは
掛け合い漫才のような会話を交わしながら、卵を求めて厳寒のレニングラードを奔走したあげく、
やけくそでドイツ軍占領地にまで足を伸ばします。

後半、ストーリーはぐいぐい加速し、パルチザンの少女ヴィカも加わって映画のようなクライマックスへ。
果たして卵は手に入るのか? レフコーリャの運命は?
そしてほろ苦い終幕から味わい深いエピローグへ。
読み終わってからもういちどプロローグを読んだときの感動といったら!

いやー、さすがは映画の人です。
完璧に練り上げられたストーリーの妙。
あまりにもできすぎていて、このまま映画になりそうなのが、かえって好みが分かれるかもしれません。

もっとも、できすぎた物語であることは、最初のほうでちゃんと宣言されています。

 「デイヴィッド」と祖父は言った。「おまえは作家だろうが。わからないところはつくりゃいい」(14ページ)

なお、この物語がどこまで事実に基づいているのかは、最後の解説を読んでのお楽しみです。

先日読んだパハーレス「螺旋」と並んで、最高に面白い小説でした。

(10.10.2.)


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