ポーリーヌ・ガルシア=ヴィアルド/ショパンのマズルカによる歌曲集 ほか
(マリーナ・コンパラート:メゾソプラノ ほか)
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知られざる大音楽家!
ポーリーヌ・ガルシア=ヴィアルド(Pauline Garcia-Viardot, 1821〜1910)
私も最近まで知らなかったのですが、19世紀に大活躍したメゾソプラノ歌手・ピアニスト・作曲家です。
しかも絵も上手なうえに、六か国語に堪能だったというからすごい! スーパーウーマンですな。
父親はマヌエル・ガルシアというスペイン生まれの名テノール歌手、ロッシーニ「セビリアの理髪師」初演でアルマヴィーヴァ伯爵を演じました。
母も姉もすぐれた歌手でした。
ポーリーヌはもともとピアニスト志望で、師匠はなんとあのフランツ・リスト。
さらにアントン・ライヒャに作曲を師事していました。
しかしソプラノ歌手だった姉が落馬事故で死去(28歳)したことをきっかけに16歳で声楽に転向します。
「姉さんの夢は私が継ぐっ!!」
こちらの方面でもめきめき才能を発揮し1839年にロンドンでオペラデビュー、フランス、ドイツ、ロシアなど各国で名声を博しました。
大作家イヴァン・ツルゲーネフ(1818〜83)はポーリーヌのロシア公演に心を奪われます。
彼女にはすでにルイ・ヴィアイルドという夫はおろか子供までいたにもかかわらず、彼女を追ってロシアからパリに移り住みました。
ポーリーヌ、ロシアでとんでもないものを盗んでいきましたね・・・。
ツルゲーネフはパリのヴィアルド家に入り浸り、執事のようにヴィアルド夫妻と4人の子供の世話をしたそうです。
ポーリーヌはツルゲーネフの台本でオペラを作曲、主演しています (好評だったらしく何度も再演)。
ツルゲーネフは資産家だったので居候というわけではないけれど、文筆家で劇場支配人だった夫のルイとの間はどうだったんでしょうね。
愛憎めくるめく三角関係が展開されたのでしょうか・・・?
結局ポーリーヌは夫に続いてツルゲーネフの死も看取り(ふたりとも1883年にあいついで死去)、ツルゲーネフの娘・ポリネット・ブリュエールはヴィアルド家で養育されました。
なんなんこのドラマみたいな家。
ポーリーヌは多くの作曲家と交遊がありました。
マイアベーアは歌劇「予言者」を彼女を主役として書き、サン=サーンスは歌劇「サムスンとデリラ」を彼女に献呈、
シューマンは「リーダークライス 作品24」を、ブラームスは「アルト・ラプソディ」を献呈しています (傑作ばっかり!!)。
クララ・シューマンは彼女を「私の知る限り最も才能に恵まれた女性」と呼び、たびたび共演。
ベルリオーズとも俺/お前の仲(?)だったし、ワーグナーは「トリスタンとイゾルデ」を初演前に彼女の自宅で試演しています。
なんかもう、ロマン派音楽の影の黒幕と呼ばせていただいてよろしいでしょうか・・・?
まるで誘蛾灯のように芸術家が周りに集まってくる「芸術家ホイホイ」体質としか思えん(なんじゃそりゃ)。
人を惹きつけて離さない、魅力的なキャラクターだったんでしょうね。
ポーリーヌは若い頃からジョルジュ・サンド(1804〜76)とも親しく、サンドは彼女をモデルに「コンシュエロ」という小説を書いています。
じつはポーリーヌに、のちに夫となるルイ・ヴィアルドを紹介したのはジョルジュ・サンドでした。
バルザック、フローベール、ドラクロワといった友人たち(これまた凄いメンツ)とともにポーリーヌは、サンドとフレデリック・ショパンが暮らす家をよく訪れました。
ポーリーヌはショパンともすぐに親しくなり、彼のマズルカを声楽に編曲しました。
ピアノと作曲を本格的に学んだだけあって原曲に大きく手を入れ、かなり凝った編曲となっておいます。
ショパンは彼女の編曲を気に入り、みずから伴奏を買って出て、ロンドンやパリで共演したほど。
私を愛して(Aime-moi ) 原曲はマズルカ 作品33の2
(途中に大胆なカデンツァが入ります)
ショパン:マズルカ 作品33の2
二重唱曲もあります。
原曲とくらべて重層的で複雑な響きになっています。
別れ(Separation) 原曲はマズルカ 作品24の1
ショパン:マズルカ 作品24の1
サンドとショパンの関係が破局を迎えたあと、ポーリーヌは二人の和解を試みましたが、叶いませんでした。
それでも彼女は二人の忠実な友人であり続けました。
破局の2年後にショパンが亡くなる直前までポーリーヌは二人を再会させようとしたし、ショパンの葬儀では歌を捧げました。
健気ですね〜。
優しくて性格の良い女性だったんだろうなあ。
このCDは、ポーリーヌが編曲したショパンのマズルカ全て(12曲)に加え、彼女のオリジナル歌曲を10曲以上収録しています。
ポーリーヌ・ヴィアルド:田園詩
余談ですがポーリーヌは1855年にロンドンでモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」の自筆譜を購入しています(金持ちか!)。
そりゃオペラ歌手なら欲しいよね。
のちにパリ音楽院図書館に寄贈しました。
(2025.04.26.)
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