小坂裕子/ショパン 知られざる歌曲
(集英社新書 2002年)



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「ピアノの詩人」フレデリック・ショパン(1810〜1849)は、生涯に19曲の歌曲を作っています。
それらは作曲人生の全体にわたり、1曲ずつ、ぽつりぽつりと作曲され、
生前には出版されることもなかったのですが、
これらがピアノ曲以上に、その時々のショパンの心情を色濃く反映しているのでは、と著者の小坂氏は考え
この本を書かれたそうです。
その目のつけどころの面白さ、(というか、へそまがりぶり?)に惹かれて読んだのですが、
単にショパンの評伝として読んでも、非常にレベルの高い一冊でした。

この本を読むためにショパンの歌曲集のCDも購入しましたが、
本だけ読んでも充分楽しめます。



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初めて知った事実もたくさんです。
(ショパンのファンのかたからは、「そんなことも知らなかったの?」と言われそうですが・・・。)

例えば、ショパンの父親は、優れたフランス語教師であり、
ワルシャワで富裕な子弟のための寄宿学校を経営、
その教育レベルの高さから、ポーランドの貴族はこぞって息子達を入学させたそうです。
フレデリックも、貴族や知識階級の人々と家族ぐるみの付き合いをするなかで
幅広い教養を身につけることができたということです。
実は「よいとこのお坊ちゃま」だったんですね。
(なんとなく貧しい家の生まれのようなイメージをもってました)

ショパンがパリ社交界の花形となる場面は、印象的。
パリに出てきたものの、演奏会の準備もうまくいかず、レッスン料もあまり入ってこなくて落胆していたショパンに、
ロスチャイルド家のサロンに招かれるという幸運が訪れます。
そしてショパンのピアノ演奏が終わったとたん、ロスチャイルド男爵夫人が、
ぜひ自分のピアノ教師になってほしいとその場で依頼。
この夜を境にショパンは、パリで最も有名な芸術家となったのです。
(なんだか、ハリウッド映画が好みそうなパターンですね)

ジョルジュ・サンドについては、なんとなく、若いショパンをたぶらかした年上の悪女、
という印象を持っていたのですが、
実はサンドは、情に厚いと同時にとても聡明な女性で、物心両面で献身的にショパンに尽くしたそうです。
もしサンドがいなければショパンはもっと早死にしていただろうとまで、著者は述べています。
(著者の小坂氏は、サンドにかなりのシンパシーを感じているようです。
ショパンとサンドの別れについても詳しく述べられていますが、小坂氏は完全にサンドの味方ですね)

この本には、デルフィナ・ポトッカ伯爵夫人、マリ・ダグー伯爵夫人など、
ショパンの周囲を彩った女性たちの姿も生き生きと描かれていて、
当時のパリ社交界の華やかさを想像させてくれます。
(しかし、よくモテたんですね、ショパンってのは・・・・)

取り上げられる歌曲は、確かにその時のショパンの心のありようを反映しているようで、
興味のある方には非常に面白い問題でしょうが、
私は単にショパンの伝記として読み、それでも大変楽しませていただきました。
ショパンという天才作曲家/ピアニストについて、ひとりの人間としてのイメージを持つことができました。
(02.8.8.記)

ショパン/「希望」作品74−1



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