ロザリン・テューレック/バッハ・ボックス・セット(10枚組)
(録音:1950年代)




Amazon : Tureck Plays Bach

Tower@jp : ロザリン・テューリック・プレイズ・バッハ

<曲目>
平均律クラヴィーア曲集(全曲)
ゴルトベルク変奏曲
パルティータ第1,2,3,5番
フランス風序曲
イタリア協奏曲
カプリチオ「最愛の兄の出立に向けて」

注意:ゴルトベルク変奏曲の第26変奏以降(CD8のトラック11〜)は収録されておらず、なぜかパルティータ第2番になっています。
 CD制作時のミスでしょうね、まあ安いから仕方ないか。


アメリカのピアニスト、ロザリン・テューレック(Rosalyn Tureck, 1914〜2003)
グレン・グールドがバッハを演奏するにあたって唯一参考にしたと言われる名手です。

 「彼女と僕は音楽に対し非常に異なる理解をしているけど、僕に納得できるバッハを演奏してくれた最初の人だ」(グレン・グールド)

私生活では、レポルド・ストコフスキーの最初の夫人だったそうです。
名前は存じておりましたが、今まで聴いたことはありませんでした。
しかしこのたび、テューレックが1950年代に録音したバッハが、10枚組のボックスセットとして廉価で発売されると聞いて、早速購入!

全てモノラル録音ですが、音質は極めて良好、これが2000円しないのですからびっくりです。
さてどんな演奏なのかと、期待に腹じゃなかった胸をふくらませて聴いてみると、


 平均律クラヴィ−ア曲集第1巻・第1番 
 


 ・・・遅っ!!

一瞬、回転数を間違えたかと思いました(←CDだってば)。
グールドの倍くらい遅い印象です。
過度な緊張なく、無駄な力が抜けたリラックス系演奏なのですが、しかし一瞬たりともダレません。
全ての音に神経が行き届き、全ての音に表情があります。
しかも各声部のバランスが絶妙で、対位法がくっきりと立体的に浮き上がってきます。
グールドは対位法大好き人間であり、対位法に魅せられたピアニストであったことは周知の事実ですが、
それだけにテューレックの演奏の対位法の鮮やかさに舌を巻いたのではないかと想像します。

とにかくこの平均律は素晴らしい。
押しつけがましいところが無いので、休日のリビングに抑えめの音量で流すのに最適のBGMと言っても過言ではありません。
一方で、楽譜片手に真剣に聴きこめば新しい発見が次から次へ、大判小判がザックザック的な奥深さもあります。
遅めの演奏のため、CD6枚にわたって収録されています。

テューレックはゴルトベルク変奏曲を生涯に7回も録音したそうです(最多記録?)。
このボックスに収録されているのは1957年、2回目の録音ですが、所要時間なんと96分24秒!!
もちろん1枚には収まらず、2枚に分割されています。
ちなみに有名なグールドの1955年録音は38分35秒、リピートの有無もあり単純には比較できませんが、あまりの差に頭がくらくらします。

 ゴルトベルク変奏曲 アリア (なんとアリアだけで6分越え!)
 

幾何学的な秩序ある音の回廊をのんびり散策しているような気分になります。
テンポは遅いですが、タッチはクリアで響きは玲瓏、道草をしたりためらったりしません。
音がすっくと立って、姿勢よく前に前にと進むうち、独特のテンポもしっくりはまってきます。

 ただし、第26変奏以降(CD8のトラック11〜)は収録されておらず、なぜかパルティータ第2番になっています。
 CD制作時のミスでしょうね、まあ安いから仕方ないか。



グールドは、音楽から感情移入やストーリーを排し、音だけに耽溺することを良しとしました。
それに対してテューレックは人間的な暖かみを保ちながら、バッハ作品の透明な幾何学性を丁寧に過不足なく表現します。
おいこりゃ凄いピアニストだなと驚嘆せずにはいられません。

 イタリア協奏曲 第3楽章 (悠揚たるテンポでくっきりと浮かび上がる対位法が鮮やか)
 

なお、テューレックは決してバッハ一辺倒のピアニストではなく、ブラームスやラフマニノフのコンチェルトも弾いたし、
現代音楽を初演したり、現代楽器「テレミン」の演奏を学んだり、老年に入ってからはシンセサイザーに興味を示したりしたそうです。
いくつになっても好奇心を失わず、新しいものにも果敢に挑む、素晴らしい音楽家ですね。

(2018.08.25.)


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