尾崎一雄/末っ子物語(1960)
(偕成社 ジュニア版・日本文学名作選18 1965年)
Amazon.co.jp : 末っ子物語 (ジュニア版日本文学名作選 18)
<収録作品>
末っ子物語
こおろぎ
虫のいろいろ
小鳥の声
「母の日」のことなど
木刀をつくる
トラの話
かまきりと蜘蛛
茶目で、図太く、勉強ぎらい。いつもハラハラさせながら、ノビノビと育つ、ある末っ子少女の物語
こないだ、獅子文六「娘と私」を読んでからずっと猛烈に読み返したかったのが・・・、
尾崎一雄「末っ子物語」 (1960)
父親が、自分の娘のあんなこともこんなこともあからさまに書いちゃったぞという大迷惑作品としておそらくは双璧。
私小説作家を家族に持つと大変ですね。
無責任な一読者としては、中学か高校の頃に読んで、大変面白かった記憶があります。
もう現物は持っていないので、アマゾンか楽天で買おうと思ったら、なんということでしょう。
ほとんど絶版なんですね、尾崎一雄(1899〜1983)の本。
生前はけっこうな人気作家で、この「末っ子物語」はテレビドラマ化もされたと思うのですが。
幸い昔読んだのと同じ、偕成社のジュニア版・日本文学名作選をマーケットプレイスで購入することができました。
内容は、ホントに自己の家庭生活ををそのまま書いたとしか思えません。
大病をして療養中の小説家・多木太一、しっかり者の妻、3人の子供たちのなにげない日常生活。
しかし日常を描きながらも、退屈でなく辛気臭くもなく、面白く読ませるのはおそらく至難の業。
以前読んだときは、末っ子である中学生・圭子の天真爛漫でのびのびしたところに惹かれましたが、
今回は娘を持つ父親として、語り手である作家のほうに感情移入。
彼は、数年前に重症の胃潰瘍を患い生死の境をさまよったこともあって、生きる意味、死とは何かについて、様々に思いを巡らせます。
以前読んだときは何とも思わなかったそのあたりがぐっときました。
(死ねというのなら死んでやる)
多木は、だいたいにおいて、そんなふうに腹をきめている。
死ぬと決まった以上は、じたばたしたくない、というのが、かれの主義、信念というとおおげさだが・・・
心がけ、あるいは気分といったところだ。
が、そうはいいながら、いっぽうで、かれを強くこの世にひきつけるもののあることをいなむわけにはいかなかった。
かれは、わかれることがいやだった。
この世にあって親しんだ誰とも、なにものとも、わかれることが、しんそこいやだった。 (52ページ)
全編このようなひょうひょうとした調子です。
日常の小さな出来事から、人生の深い意味を探りあてるその文章は、簡潔軽妙で味わいがあります。
難しい言葉はほとんどなく、しかもひらがなが多いです。
ドタバタのない「サザエさん」のような、のどかな昭和の気分も味わえます。
物語は、長女の結婚が決まり、末っ子の圭子が高校受験の勉強に本腰を入れはじめるところで終わります。
併録の短編もすべて自分の家庭生活を描いた私小説で、登場人物はほぼ共通しています。
とくに、病床から眺めた虫の生態を仔細に描写しつつ、生命の儚さと尊さ、はては宇宙の広大さに想いを巡らせる「虫のいろいろ」は名作の誉れが。
なおこの作品には、顔に止まったハエをおでこのシワで捕獲する珍場面があります・・・いや、ホントに名作なんですよ、ホントだってば。
ところで尾崎一雄は、無事に84歳まで生き、大往生を遂げました。
「一病息災」を地でいった人ですね。
(2016.4.20.)