獅子文六/娘と私(1956)



Amazon.co.jp : 娘と私 (ちくま文庫)


最近、獅子文六(1893〜1969)の作品がちくま文庫から続々と復刊されています。
レトロな昭和の香りがのどかで懐かしく、読んでいるとまったり気分に。

先日、「コーヒーと恋愛」(1963)をとりあげました。
あと、東京と大阪を七時間半で結ぶ特急列車内(新幹線はまだない)の出来事を軽妙に描いた群像小説「七時間半」(1960)も面白かったです。

年末年始にかけてちびちび読んでいたのが「娘と私」(1956)。
獅子文六唯一の私小説であり、娘・麻理が大正14年に生まれてから、昭和26年に結婚するまでを描いています。
麻理の母親は文六がフランス留学中に結婚したフランス人女性。
文六の帰国に伴い日本で出産しますが、数年後に体調を崩しフランスに戻り、向こうで亡くなってしまいます。

娘を抱えて日本に残された父・文六の奮闘が始まりますが、筆致は淡々、湿っぽくなく、どこかすっとぼけています。
文六のイクメンぶりは現代人から見ると「まだまだだね〜」でしょうけれど、
明治生まれの男としては、かなり頑張ってるんじゃないかと。
結局、やはり娘には母親が必要だということで見合いして再婚しますが、まあ完全に打算、愛情はありません。
しかし正直にてらいもなくそう書かれると、おもわず納得してしまいます。

そう、この作品から受ける全体的な印象は「あけっぴろげ」。
私小説でもからりとしていて会話は軽妙、泥臭さを感じさせないのが、獅子文六の持ち味にして至芸です。

戦争中に、軍を賛美するような作品を書いてしまった文六が、戦後「戦犯文士」としてやり玉に挙げられ、
それに異議を申し立てるときの記述が味わい深い。

 異議申立書には、自分は、戦争に協力しなかったということを、書かねばならない。ところが、私は、協力しているのである。
 私が、「海軍」という小説を書いたのは、国への忠義のために若い生命をささげた一士官に対する、感動からであるが、そんなものを、戦時中に書くということは、戦争に協力してるのである。
 そして、もっと困ることは、その士官に感動したことも、そんな風に戦争協力をしたことも、腹の底で、悪いことをしたと、思っていないのである。
 四国にいた頃も、いろいろ反省をしてみたが、どうしても、悪かったとは思えないのである。
 勿論、私は自分が軍国主義者や、超国家主義者であるとは、思っていない。そういう人々を、私は嫌いである。 そのほうの異議なら、いくらでも、申し立てる理由も、材料もある。
 しかし、戦争が始まってから、是非、勝たねばならぬと思ったことも、それを行動に表したことも、紛れもない事実であって、取消しはしたくない。 
            (471ページ)

獅子文六という人の本質がよく見える文章です。
そして共感してしまいます。

なお、麻理を育てるために再婚した妻も、麻理が成人する頃に心臓病で急死してしまいます。
亡くなってはじめて、自分がいつの間にか妻を深く愛していたことに気づく文六。
「娘と私」は、その2番目の奥様に捧げられています。

ちなみに本作品は、NHK朝の連続テレビ小説第1回の原作となりました。
朝ドラ好きのあなた、必読ですよ。

(2016.01.10)

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