獅子文六/コーヒーと恋愛(1963)
(ちくま文庫 2013)



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テレビがお茶の間に普及し始めた時代。
女優・坂井モエ子はドラマの名脇役として絶大な人気を誇る43歳。
彼女はコーヒーを淹れる天才でもあり、その腕前には誰もが魅了された。
ある日、年下の恋人・塔之本勉が、若い女優のもとへ去ってしまう・・・。
いっぽうモエ子の「コーヒーの師匠」で「日本可否会」の会長を勝手に自認する菅貫一は、
「茶道」と対抗する「可否道」の創始者兼家元となる野望を抱き、
そのためにはモエ子の腕前が必要だとかねてから思っていた・・・。




毎朝、豆を挽いてコーヒーを淹れるのが20年来の習慣。
ずっとやっていても、面白いもので毎回味が変わります。
豆の種類は同じでも、お湯の温度、注ぎ方、豆の分量、抽出時間、その日の気分、天気、気温、曜日、運勢で変わります(←途中から嘘)。
まあでもちょっとしたことで微妙に味が変わるのは本当だよね・・・と、ある日ニョウボに言ってみると、

 「え、全然気が付かないけど?」


 獅子文六/コーヒーと恋愛(1963)

主人公・モエ子はTVの人気女優、しかもコーヒーを淹れるのが天才的に上手いという設定から、
都会的で華やかな大人の恋愛小説と思いきや、意外に庶民的で親しみやすいです。
50年前は、人同士の距離が今よりずっと近かったのでしょうか。
モエ子も人気女優でありながら、気さくで庶民的で気のいいおばさんです。

全編に、のどかでほのぼのした雰囲気が漂います。
これが気に入るかイラッとくるかで好みが分かれそうですが、私はこういうの好きなんです。
恋愛もドロドロしないし、最後には誰も不幸にならず、モエ子はたくましく自立してゆきます。
男性登場人物はたいてい子供っぽくて自分勝手ですが、男ってこんなもんですよね、自分も含めて。

 それこそコーヒーでも飲みながらのんびり味わう小説。

残念なのは、「天才的」というモエ子のコーヒーを淹れるコツについて書かれていないこと。
それどころか、
「あたしだって、デタラメなのよ。何にも考えずに、いい加減にいれてるだけなのよ」(171ページ)
と言ってますから、これは長嶋クラスの本当の天才ですね。
自分は凄くても人に教えることは苦手なタイプ。
当時はまだペーパー・フィルターが一般的でなかったのか、ネル・ドリップで淹れてるのが時代を感じさせるとともにかえってお洒落でした。
ネルドリップのほうが美味しいという話は聞きますし、興味あります(使ったことないですが)。

とくに面白かった場面は、「可否道」の看板を掲げて家元を名乗らんばかりの菅貫一が、
それとは知らずインスタント・コーヒーを飲まされて、それほど悪くないと言う場面(91ページ)。
ちょっと前にテレビで、「どこそこの名店の逸品」の講釈付きでインスタントラーメンを食べさせる番組を観たのを思い出しました。

(2015.11.29.)


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