森谷明子/千年の黙(しじま)〜異本源氏物語(東京創元社 2003年)
<ストーリー>
女童(めのわらわ)・あてきの御主(おんあるじ)は、山城守右衛門佐・藤原宣孝の奥方。
めったに外歩きもせず、家にこもって、身分の低い更衣と帝の恋物語を一生懸命書いています。
しかし残念ながら、世間の評判をとっているとは言えません。
ある日、ご出産を控えた中宮定子様がかわいがっている猫が姿を消し、
御主の夫・宣孝も捜索に狩り出されます。
数日後、今度はまもなく入内予定の左大臣藤原道長の娘・彰子の猫も姿を消します・・・。
昔、私は「源氏物語」というのは「平家物語」の姉妹編で、
源平合戦を源氏の側から描いた話かと思っていました。
実は平安時代のプレイボーイが次から次へと女漁りをする物語だと知ったのは、ずっとあとのこと。
といってもきちんと読んだことはなくて、大和和紀のコミック「あさきゆめみし」でストーリーを把握しました。
このコミック、女性キャラクターの顔がどれも良く似ていて、判別が非常に困難だった記憶がありますが、
「女なら誰でも良い」光源氏の心のありようをとらえていたのかも(んなわけはないか)。
本書は第13回・鮎川哲也賞受賞作。つまり、ミステリです。
といっても血なまぐさいことはなにひとつ起こりません。
すべりだしは猫の失踪事件で、
それにからんでくるのが皇后・中宮定子の出産と、藤原道長の娘・彰子の入内。
中宮定子は道長の姪で、帝の寵愛あつい后ですが、
娘を入内させたい道長の野望により、日陰に追いやられようとしている身。
(定子お気に入りの女房・清少納言の「枕草子」には、そのうらみつらみが、あちこちに書かれています)
探偵役は紫式部。自分は出歩かず(というか貴族の奥方なので出歩けず)
女童のあてきを使って情報を集め、猫事件の真相をずばり見破ります。
古典的な安楽椅子探偵の作法、綺麗に踏んでます。
式部一家の雰囲気があまりにもアットホームなのは「?」ですが、
まあこういうのもアリかもしれません。
謎が小粒なので、最初はちょっと退屈ですが、
登場人物のキャラクターが好ましく(とくに彰子!)、楽しく読み進める事ができます。
猫騒動は前半で幕を閉じ、後半はその数年後、
「源氏物語」は、いまや大人気。 あちこちで写本されて貴族社会に広まっています。
ところが、清少納言からの手紙に記されていた和歌
(おぼつかな 朝顔の名は いずこより 祭りの巻を ひもときはすれ 心得ず)
などをきっかけに、紫式部は大変なことに気づきます。
現在世間に広まっている写本はすべて、第2巻「かがやく日の宮」が抜け落ちている!
どうしてこのようなことになったのだろう・・・?
現在「源氏物語」の巻は、「桐壺」「帚木」「空蝉」「夕顔」「若紫」・・・という順になってますが、
ところどころ物語として断絶というか、つじつまの合わないところががあるそうです
じつは藤原定家による源氏物語の注釈の中に、
「一説には 巻第二 かかやく日の宮 このまきもとよりなし」
という記述があります。
本書はこれを踏まえて書かれているわけです。
といってもミステリ仕立てですから難解なことはありません。
「かかやく日の宮」をひそかに闇に葬ったのはいったい誰で、それは何故なのか。
探索の末に式部がたどりついた驚愕の真相は・・・!?
幕切れはなかなかにあざやかです。
ミステリとしてだけでなく、平安王朝の雰囲気や風習に詳しくなれる読み物としておすすめです。
道長、清少納言など、歴史の授業でおなじみの人物もたくさん登場してきて、いい味をだしています。
なお丸谷才一氏も、失われた帖を題材に「輝く日の宮」という小説を書いています(講談社 2003年)
流行りなのかしらん。これも面白いです。
(03.11.30.記)