シューベルト/ピアノ・ソナタ第18番「幻想」 D.894 作品78
(ヴァレリー・アファナシエフ独奏)



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シューベルト後期ピアノ・ソナタのめくるめく世界へようこそ。
美しい迷宮をさまようような、万華鏡の中に閉じ込められたような、ひとときの悪夢に酔いましょう。

 いつ終わるとも知れず、ひたひたと続く長大な音の行列。
 心のつぶやきをそっと音符に書きとめたような作品たち。
 そもそも人に聴かせる気がなかったんじゃないかと思うほどです。

このようなソナタを書いた作曲家は彼の前にも後にもいません。
まさに空前絶後、突然変異、唯一無二、狷介孤高
31歳で死んだシューベルトが、あと数年長生きしたらどんな曲を書いたか、考えると怖くなるほどです。

なかでも好きなのが、

 ソナタ第18番ト長調「幻想」 作品78

 じつに不思議な曲です。
 謎の曲です。
 
第一楽章は、優しいメロディで静かに始まりますが、
そのまんま、小川の水が流れるように淡々と美しいまま二十数分続きます。
聴く人は「なんだ、この盛り上がらない曲は?」「クライマックスはどこなんだ?」と思うことでしょう。

 まさに「天国的な長さ」

というかほとんど環境音楽かと思うほど。
しかし、美しい歌の途中に唐突に挿入される和音強打のただならぬ不穏さ。
そしていっさいがっさいひっくるめて彼岸に持って行ってしまうような終わり方。
いったい何が言いたいのでしょう、この音楽は?

 シューベルト:ピアノ・ソナタ第18番「幻想」・第1楽章(ヴァレリー・アファナシエフ)
 


第二楽章では、天使のような無垢な歌が、荒々しい和音で何度も中断されます。
そのたびに、お花畑の真中に暗い深淵がぱっくり口を開けるような感覚に襲われるのは
最近の社会情勢のせいもあるのでしけれど。

 ホントにどういうつもりでこんな美しくも怖ろしい曲を作ったのか。

こうなるともう、第三楽章の優雅で可憐な中間部を聴いていても、
「やさしそうにしていて裏でなにか企んでるんじゃないか」
としか思えません。

フィナーレも、あっけらかんとしたロンドでありながら、
執拗に繰り返される同じメロディに、次第に落ち着かない気分にさせられます。


さて、「幻想ソナタ」の真髄を味わうなら、ヴァレリー・アファナシエフのCD。
遅いテンポ、じっくりした間合い、ときにメランコリックに、ときに激しく、音楽の中に沈潜してゆくアファナシエフ。
全部で49分もかかりますが(普通は40分足らずのはず)、一瞬たりとも弛緩しません。
随所でフッとフレーズの隙間を作ったり、じっくりタメを効かせたりと、多彩な小技を駆使、隅々まで神経の通った繊細な演奏です。

なお、このディスクには、演奏者自身による、シューベルトのソナタについてのエッセイが掲載されています。

私は、ソナタ作品78の耐えがたいほどの白さを感じ、そして見るのである。
 その始まりの楽章は、始まりにではなく、何か、例えば瞑想、長い旅路、不眠の夜長、短い生涯などのような
 何かの終わりに置かれているかのように思える」


素晴らしく意味不明のエッセイであり、読みながら聴くとますます不安な気持ちになる優れものです。


アファナシエフは、シューベルトのソナタ第21番のCDも出しています(ECM)。
後半の二楽章がやや楽天的すぎる感がなきにしもあらずですが、
第一・第二楽章はこの世のものではないかのような天国的名演奏です。

(11.4.17.)




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