かげはら史帆/ベートーヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命
(春秋社 2020年)



Amazon : ベートーヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命

Tower : ベートーヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命


2014年、「運命と呼ばないで」という四コマ漫画が発売されました。
ベートヴェンと弟子フェルディナント・リース(1784〜1838)を主人公にした作品で、クラシック・ファンの間でちょっとだけ話題になりました。
ワタシけっこう好きでした。

 

 「運命と呼ばないで」PR動画
 

 有名な(?)ベートヴェン/ピアノ協奏曲第3番初演時のエピソード
  
   ↑
  デビュー演奏会でベートーヴェンが「超むつかしいからやめとけ」と言ったほうのカデンツァをあえて演奏して大喝采!
  演奏後、ベートヴェンは「君は我の強い男だな!」と言ったとか。

フェルディナント・リースは、「ベートーヴェンの弟子」として名前を聞いたことがある程度でしたが、とても面白いマンガでした。

本書かげはら史帆「ベートーヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命」は、このマンガを小説化したもの・・・・・・ではなくて、
フェルディナント・リースの、おそらく世界初の詳細な伝記。
筆致は丁寧で文章は読みやすく、綿密で地道な取材の成果に頭が下がると同時に、びっくりするほど面白い。

ベートーヴェンと同じボンの生まれで、父親同士が宮廷楽団員で親しかったことからウィーンに出てベートヴェンに弟子入り。
なおベートーヴェンの弟子はリースのほかにカール・ツェルニーがいます(というかこの二人しかいない)。
ただしリースがベートーヴェンに師事したのは1801年から1805年まで(16歳から21歳まで)のわずか5年弱。
リースくん、1805年に徴兵されてしまいウィーンを離れざるを得なくなってしまうのです。
しかし徴兵検査では見事視力で「不合格」を勝ち取り戦場に行かずにすみました。
その後ベートーヴェンの元には戻らず、ピアニスト・作曲家としてヨーロッパを股にかけて活躍。
7つの交響曲、9つのピアノ協奏曲、多数のソナタにオペラ、オラトリオまであり、その作品はショパンやリストも演奏したそうです。

 フェルディナント・リース/ピアノ協奏曲第3番より第3楽章 (リースの代表作と言われている曲)
 
 
しかしこの人・・・乗っていた船が私掠船に襲われ拳銃を突きつけられるわ、一旗揚げようとロシアに乗り込めばナポレオン軍が攻めてきて演奏会どころではなくなるわ、
ロンドンではフィルハーモニア協会のディレクターに就任し名声を博しますが、数年後に内紛のため追われるようにイギリスを去る羽目に。
それでもスウェーデンやイタリアやフランスに演奏旅行して大人気、なんともアクティブでポジティブな人です。
53歳で亡くなってしまったのは、旅から旅への生活も影響しているのかも。

ともあれフェルディナント・リースという人は、「健全な常識人」だったのだと思います。
エキセントリックだったり破天荒なところはなく、ビジネス感覚もあり、フランス革命とナポレオン戦争で激動するヨーロッパを巧みに駆け抜けました。
決して凡人ではありませんが、幸か不幸か天才でもありませんでした。
その音楽は・・・まあ好みは人それぞれですが、ベートーヴェンの劣化コピーと言われても仕方がないかも・・・。

 ピアノ・ソナタ イ短調 作品1−2 より第3楽章
 

なお本書には、フェルディナント・リースを狂言回しに19世紀前半のヨーロッパの音楽事情を描き出す側面もあります。
フランス革命で貴族の社会が崩れ市民階級が台頭する中で、音楽家たちは様々な生き方を模索します。
いつの時代も音楽で食べていくのは大変だ・・・。

興味深いのは、フェリックス・メンデルスゾーン(1809〜47)とはうまが合わなかったという逸話。
25歳の年齢差のあるふたりですが、1830年代にともにケルンで音楽祭の運営にかかわりました。

 リース曰く「彼の尊大さはおしなべて非難されている。なぜかって? 才能は否定できないよ。でも要求するより前に、まずたくさんやるべきことがあるだろう」

 メンデルスゾーン「ぼくは彼の人となりも活動も好かない」

具体的にどんなトラブルがあったのかは書かれていませんが、いやあ他人の喧嘩は面白いですな(←コラコラ)。

 交響曲第2番 ハ短調 第1楽章
 

晩年に友人に頼まれて、ベートーヴェンの弟子だったころの思い出をつづった「伝記的覚書」を執筆。
ナポレオンがフランス皇帝に即位したと聞いてベートーヴェンが激怒した有名な逸話などが語られ、
皮肉なことにこれがフェルディナント・リースの後世に残る「代表作」になりました。

いろいろあったけれど、音楽家として幸福で充実した人生を送った人だと思います。
生前はヨーロッパじゅうで名前が知られていたにもかかわらず、死後急速に忘れ去られたのは「諸行無常」というしかないですが。
マイナー作曲家に興味のある方、19世紀前半のヨーロッパ音楽シーン好き(?)には必読の一冊、絶対面白いですと声を大にして申し上げます。

 フェルディナント・リース応援MOVIE
 

(2021.06.09)


関連記事
かげはら史帆/ベートーヴェン捏造

「更新履歴」へ

「本の感想小屋」へ

「整理戸棚(索引)」へ

HOMEへ