ジャン・パトリック・マンシェット/眠りなき狙撃者(1981)
(中条省平:訳 河出文庫 2014)



Amazon.co.jp : 眠りなき狙撃者 (河出文庫)


引退を決意した殺し屋テリエ。
大金を積まれても揺らがない彼の決意の理由は、
十年前に一人の女と交わした約束だった・・・。

虚無と狂気に彩られた暗黒小説


ここは休日のスポーツクラブのプール。
おや、となりのコースで70歳を少し越えたくらいの男性が二人、言葉を交わしておられますよ。
ちょっと聴き耳をたててみましょう・・・・・・(AVANTI かい)。

 「やあ、あんた、きょうは休みかい」

 「うん、休みや」

 「そりゃええなあ」

 「ええなあって、あんたは毎日休みやないか」

 「あんたもそうやないか」

 「そうやったな」

漫才みたいな会話を交わしていた二人ですが、いざ泳ぎ始めると速い速い。
私なんか太刀打ちできません。
最近は御年をとっても元気な方が多いですねえ。
私はマイペースで1500m泳いで上がりましたが、二人はまだ快調に泳ぎつづけていました。
あれは2500はいってるな。

さてのどかな休日に、殺伐&荒涼とした小説を読むのも乙なもの。

 ジャン・パトリック・マンシェット/眠りなき狙撃者(1981)

ジャン・パトリック・マンシェット(1942〜1995)は、以前「愚者が出てくる、城寨が見える」を読んで、
あまりのアナーキーぶりと、底なしの虚無に、
「なんつうぶっ飛んだ小説だー!!」と深く感嘆、良くも悪くも忘れられない作家でした。

なので先日本屋で、マンシェットの新しい文庫本を偶然見かけて即購入。
期待にたがわず、愛も救いも希望もないノワール・ワールドを堪能満喫できました!
マンシェット最後の完成長編であり、執筆に3年をかけたそうです。

組織から足を洗おうとする殺し屋。
殺し屋はかつてある女に「十年たったら迎えに行くから待っていてくれ」と約束していたのです。
しかし組織は彼を付け狙い、行く先々で暴力と殺戮と破壊の限りが・・・。
「恋愛がらみのサスペンス小説あるある」みたいな陳腐な設定ですが、
予想の上のさらに上を行くとんでもない展開、無駄をそぎ落とした乾いた文体、一切の心理描写を廃する手法により、
純文学的深みとエンタテインメント的ストーリーを両立させています。

登場人物がぶっ飛んでいるのもマンシェットの特徴で、誰ひとり感情移入できません。
主人公の行動は先が読めませんし、運命の女・アンヌも何を考えているのか最後までわかりません。
端役に至るまですべて存在感がありますが、みんないびつで歪んでいて、それだけにかえってリアルです。
そして読者は、破滅に向かって淡々と進んでいるとしか思えない彼らを眺めるだけの傍観者。

やがて大きな肩すかしが読者を襲います。
なんと主人公は死なないのです!(←ネタバレ)
あからさまにアンチ・クライマックスに持っていくとは・・・・・・さすがはフランス人、アメリカン・ノベルではまず考えられない展開です。
そして苦く残酷なラスト。

最後のパラグラフでは小説冒頭を引用し、円環構造というか袋小路のような静かな絶望の中に幕を閉じます。

(2014.12.7.)

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