逸木裕/風を彩る怪物
(祥伝社 2022)






「私たち、本当は何になりたいの?」

音大受験に失敗したフルーティスト名波陽菜は自分を見つめなおすため、姉の住む自然豊かな避暑地・奥瀬見を訪れた。
そこで出会ったのは、パイプオルガン制作者の芦原幹・朋子の父娘。
同い年の朋子とオルガン作りを手伝ううちにオルガンに惹かれ、フルートを続けるべきか迷う陽菜
そんな中途半端な姿に朋子は苛立ちを募らせ、二人は衝突を繰り返す。
ある日、朋子に思いもよらぬ困難が降りかかる。
絶望に打ちひしがれながらもオルガン制作に打ち込む朋子だが・・・。

逸木裕/風を彩る怪物

タイトルに「怪物」なんてあるので、魔物か怪獣が出てくるファンタジー・アクションかと思いますが、
じつはパイプ・オルガン作りをテーマにしたダブル・ヒロインの青春音楽小説です。
つまり「怪物」とはパイプ・オルガンのこと。

 数えきれないほどのパイプを備え、人間では作り出すことができない大量の風を使って演奏する・・・こんな楽器はまず自然界には存在し得ない。
 <怪物>ですよ。
(84ページ)

大きなオルガンでは3000本以上のパイプを持つものもあるそうです。

 音大受験に失敗し自信を失ったフルーティスト名波陽菜と、 オルガニストの母とオルガン制作者の父を持つ芦原朋子が主人公。
 朋子の父・芦原幹に鋭い音感を見込まれ、オルガンの整音作業を朋子とともに行うことを頼まれた陽菜
 ひとりでできるつもりの朋子は反発、ふたりはぶつかり合い、試行錯誤しながらこのオルガンにふさわしい音を模索します。
 その過程で陽菜は徐々に自信を取り戻しますが、思わぬ出来事により朋子はオルガンをひとりで完成させなければならない事態に・・・。


パイプ・オルガン制作を描いた小説というのはちょっと聞いたことがありません、少なくとも私は初めてです。
オルガンの制作過程が巧みに説明され、とても読みやすくたいへん興味深いです。
当たり前ですが一台一台手作りで、制作に何年もかかることも珍しくありません。
大工さんや家具職人さんも動員するんですね。

小説としては、朋子がなんとかオルガンを完成させ、陽菜が音楽家として一歩踏みだすところで終わります。
予想の範囲内といえますが、そこに至るまでの紆余曲折が非常に波乱万丈の百鬼夜行の起死回生でして、息つくヒマなく読み終えました。

しかし陽菜の音感はすごいなあ〜。
私なんかチェロ弾いてて半音違ってても気が付かないほどですからうらやましい。
通りかかったニョウボに「音ずれてるよ」と言われて、「あ、そう?」・・・・・・お恥ずかしい。
でも、陽菜が壁にぶつかったのは鋭すぎる音感のせいでもあるのですが・・・。

オルガン好きに限らず、すべての音楽好きの方にオススメしたい傑作小説です。


 オルガンで弾かれた「主よ人の望みの喜びよ」は、私の持っているバッハのイメージとは違った。
 闇の中に光をともすようなフルートとは違い、オルガンは光の塊を放出しているようだった。
 神にささげるはずの賛美歌が、神の言葉そのもののように、重厚に響いていた。
 あの圧倒的な音響の前では、私のフル−トは頼りなく、線が細い。 
  (35ページ)

 バッハ:主よ人の望みの喜びよ <4種類のレジストレーション(音色)と2種類の楽譜で聴き比べ>
 


(2022.07.18.)

「更新履歴」へ

「本の感想小屋」へ

「整理戸棚(索引)」へ

HOMEへ