エドワード・ドルニック/ヒエログリフを解け
〜ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース
(杉田七重・訳 東京創元社 2023)



Amazon : ヒエログリフを解け: ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース

いやー、面白かった!
ヒエログリフが解読されるまでの波乱万丈のドラマをわかりやすく描いた上質のノンフィクション。
エジプト語が読めなくても大丈夫です!(←誰も読めないって)

 エドワード・ドルニック/ヒエログリフを解け

ヒエログリフとは古代エジプトの文字で、神聖文字とも呼ばれ、いろいろな遺跡に刻まれています。
見たことありますよねー。

 

しかしエジプトがローマに征服され、キリスト教がローマ帝国の国教となると異教徒の文字ヒエログリフは禁止され、まもなく誰にも読めなくなってしまいました。
ルネサンス以降さまざまな学者が解読を試みるも、お手上げ。

1799年、エジプトに遠征したナポレオン軍が、ロゼッタという町の古い砦を陣地にしようと修復していると、
瓦礫の山の中から、奇妙な印がぎっしり刻まれた石板が見つかりました。
高さ114センチ、幅72センチ、厚さ27センチで重さは760kg、上のほうが欠けていて、もとはもっと大きな石だったようです。

 

刻まれた模様は3種類あり、上段はヒエログリフ、中段は未知の文字(のちに古代エジプトの民衆文字デモテックと判明)、そして下段は古代ギリシア語でした。
同じ内容を3種類の文字で記述したモニュメントであろうと思われます。
幸運だったのは責任者のフランス人将校、ピエール=フランソワ・ピシャールが軍人であると同時に学者だったこと。
一目で貴重なものであると見抜き、フランスに送ることにします。
ところがフランス軍はイギリス軍と交戦して敗北、ロゼッタストーンもイギリス軍に奪われ、現在は大英博物館に展示されています
(もとはエジプトのものなので、エジプト政府はイギリスに対して返還を要求しているそうです)。

下段の古代ギリシア文字は当時でも解読可能で、内容はプトレマイオス5世をひたすらほめたたえるしょーもない文章でしたが、

 「まーとにかくこれを調べればヒエログリフなんてすぐに解読できるよね!」

とばかりに多くの学者が挑みましたが、結果はすべて失敗。
二十年にわたって謎でしたが、イギリスの多芸多才の天才トマス・ヤング(1773〜1829)が突破口を開き、
エジプトを偏愛する一点集中型の天才フランス人、ジャン=フランソワ・シャンポリオン(1790〜1832)が1822年に民衆文字ともども解読に成功しました。

この二人のキャラの立ち具合、ほとんどマンガです。
ヤングは洗練された物腰の、絵に描いたような英国紳士。
無二の親友ですら「怒ったところを一度も見たことがない」という温厚な優等生タイプ、しかも金持ち。
驚異的な知力と博識を備え、言語学だけでなく物理学、化学、生理学など多くの分野に興味を持ち、成果を残しました。
「光は粒子であると同時に波である」という着想を書き残しているし(アインシュタインより100年早い)、
ブリタニカ百科事典では音響学・医学・光学・物理学など63もの項目をひとりで担当したそうです。
フックの法則が成立する弾性範囲における同軸方向のひずみと応力の比例定数である「ヤング率」にその名を残しています(何のことかさっぱりわかりません)。
彼は「まだ解読されていない古代文字」に興味を惹かれ1813年からロゼッタストーンの解読に挑戦、
王の名前「プトレマイオス」を表すヒエログリフの特定にはじめて成功しましたが、完全解読には至りませんでした。

 

いっぽうシャンポリオンはエキセントリックな熱血漢にして語学の天才、というか語学馬鹿。
田舎のあまり裕福でない家の生まれながら少年時代から抜群の才能を示し、ギリシャ語、ヘブライ語、サンスクリット語、中国語などをやすやすと習得、
がむしゃらに努力して19歳でグルノーブル大学の歴史学助教授に就任しました。
かねてから古代エジプトに強い興味を持つ彼は18歳の時入手したロゼッタストーンの写しに魅了され、ヒエログリフの解読に全身全霊で取り組みます
・・・が、なかなか成果は出ませんでした。

1815年、エジプトのフィラエ島で「オベリスク」が発見されます。

 

そこに刻まれた碑文からシャンポリオンは「クレオパトラ」の文字列を特定します。
すでにヤングが「プトレマイオス」を解読していたことが大きな助けになったはずですが(P T O の文字が共通している)
シャンポリオンはヤングの成果にはあえて言及しませんでした。
当時イギリスとフランスの間にはなにかとライバル意識がありましたし、
そもそもフランスが見つけたロゼッタストーンをイギリスが横取りしたことをフランス人は忘れていません。

 

シャンポリオンはそれからも研究を続け、1822年についにヒエログリフとロゼッタストーンの完全解読に成功します。
それを知ったヤングがどう思ったかは、本書を読んでのお楽しみ。
なお解読に最も貢献したのはヤングかシャンポリオンか、現代でも英仏間で論争があるそうで、いや〜他人のケンカは楽しいですね。

本書はロゼッタストーン解読の過程を丁寧にしかも面白く描いたノンフィクション。
ヤングとシャンポリオン以外にも、この謎に身も心も捧げた多くの人々のドラマが凝縮され、読み応えたっぷり。
ところどころにギャグを交えた軽妙な語り口、リズムのよい日本語訳とあいまってとっても読みやすいです。

 大満足で読み終えたのですが、この著者の名前、どこかで聞き覚えが・・・・

そうだ、むかし読んだ「ムンクを追え!」という美術品盗難事件のノンフィクションの著者ではないですか!
あれも面白かったなあ・・・。
本書と合わせておすすめです!

(2023.04.08.)


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