イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 作品27(全曲)
(ヒラリー・ハーン 2022録音)




Amazon : Ysaye: 6 Sonatas for Violin Solo, Op. 27

Tower : Ysaye/Six Violin Sonatas

ウジェーヌ・イザイ(1858〜1931)の無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(全6曲)(1924)は、
20世紀にはちょっとした秘曲というか、知る人ぞ知るというか、あまり聴かれないというか、まあ要するに人気がなかったわけですが、
90年代からいろんなヴァイオリニストが全曲録音するようになり急速に普及、いまや音大生の必修曲らしいです。
コンクールなどでも頻繁に課題曲に指定されています。

個人的にはバッハの無伴奏、パガニーニのカプリースと並んで「3大無伴奏ヴァイオリン曲」と言っても華厳の滝ではないと思うのですが、
正直、一般的な人気はまだこれからの感があります、いい曲なんですけどねえ。
なお、ギドン・クレーメルはいち早く1976年に全曲録音しています、凄いなクレーメル。

さてこのたび、現代最高のヴァイオリニストのひとりであるヒラリー・ハーンが全曲録音を行いました。
この超難曲があんまりむつかしそうに聴こえないという空前の名演奏、ただただ完璧、唖然とします。

第1番はややとっつきにくいので第2番から聴くのが好きな私です。
バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番プレリュードの引用で晴れやかに始まりますが、
すぐにグレゴリオ聖歌「怒りの日」の旋律が登場、全4楽章にわたって「怒りの日祭り」が展開する楽しい曲です。
各楽章には「妄執」「憂鬱」「亡霊たちの踊り」「復讐の女神たち」という素敵なタイトルがついていてワクワクします(←変)。
ジャック・ティボーに献呈されていますが、タイトル見てどう思ったでしょうね。

 第2番・第1楽章「妄執」
 

第3番「バラード」は単一楽章で6〜7分と短いながら内容が充実していて、もっとも人気のある曲。
複雑な重音と半音階の多用が特徴的な難曲で、ジョルジュ・エネスコに献呈されています。
「怒りの日」のフレーズもちょこっと顔を出します。
「バラード」なので、演劇的というか物語的な内容を連想しながら聴くのがよろしいでしょう。
私は、夜会服をまとった美しい女性が何かに対して静かに怒りをつのらせてゆく様子が思い浮かびます、こ、こわ〜。

 

どのソナタも名曲ですが、たとえば「オーロラ」と名付けられた第5番・第1楽章の素敵なこと。
わたしは「海の夜明け」を思い浮かべます。
あたりがだんだん明るくなっていって、最後に輝くような朝日が昇る様子。

 第5番・第1楽章「オーロラ」 (弟子のヴァイオリニスト、クリックボームに献呈)
 

ヒラリー・ハーンで聴くと、全6曲があっという間。
憑かれたような没入型の演奏が多い曲ですが、ハーンは音色と質感を完璧にコントロール、色彩的で華麗なドラマを自在に展開します。
愁いを帯びたリリシズム、殺気すら漂う緊張感、煽り立て、たたみかけ、思わずうわあ、とのけぞってしまいそう。
知的に計算されながら、即興的な熱さと迫力もたっぷり。
剣の達人が己の技を極めた姿を見るような思いです。

(2023.07.23.)

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