ドロレス・ヒッチェンズ/はなればなれに(1958)
(矢口誠・訳 新潮文庫 2023)



Amazon : はなればなれに (新潮文庫)

22歳の前科者スキップとエディは夜間学校で17歳の孤児カレンと出会う。
彼女を引き取った未亡人の家には、その娘婿であるカジノ関係者の男が、莫大な現金を隠しているという。
二人は金を奪う計画を立てるが、スキップの叔父に嗅ぎつけられる。
元ギャングの叔父がかつての犯罪者仲間に情報を漏らしたことから、歯車が狂い始める。
ゴダールが映画『はなればなれに』の原作に選んだ傑作犯罪小説。本邦初訳。



ゴダールの映画「はなればなれに」に原作小説があったとは! 
小説の原題は"FOOL'S GOLD"(愚者の黄金)ですが。

 ドロレス・ヒッチェンズ/はなればなれに

とっても面白い犯罪小説でした。
チンピラ犯罪者がちょろい仕事と思って一攫千金を狙ったところ、あちこち計画が狂って大変なことになるという、
この手の小説によくあるパターンながら、完成度の高い傑作に仕上がってます。
多くの人物の行動を同時並行的に描き、緻密に組み合わせることでサスペンスフルな味わいを醸し出しています。

 ・・・あれ?

 映画「はなればなれに」とは完全に別物やん!!

映画のほうは全体にユル〜い空気が支配し、ストーリーはあるようなないような。
謎めいたコケティッシュさのアンナ・カリーナ、端正な二枚目サミー・フレイ、一見冴えない小男だがリーダー格のクロード・ブラッスール。
突然はじまるダンス・シーン、ルーブル美術館を全力疾走で駆け抜けるシーン。
ジャン=リュック・ゴダールの即興的な演出(思いつきともいう)が冴えわたり、人を食ったとぼけた映画なのに目が離せません。
破天荒でハチャメチャですが、絶妙なバランスを保ちながら見事にまとまっている稀有な青春映画。

 映画「はなればなれに」予告編
 

いっぽう原作小説は正統派ノワール・ノヴェルです。
ユルいところや笑いどころはありません。
引き締まった文体で、ストーリー展開には隙がなく、各キャラクターの性格もきめ細かく描かれ、犯罪小説の王道(?)をゆく名品といえます。

小説だとヒロイン(カレン)はずっと受け身で、男たちに騙されるように犯罪に加担してゆきます(ラストで鮮やかな変貌を遂げますが)。
しかし映画だとアンナ・カリーナ演じるオディールが男ふたりを振り回しているようにさえ見えます。

 つまりゴダール、男ふたりと女ひとりがずさんな計画で現金強奪を試みるという設定だけ借りてあとは好き勝手やってるわけですね。
 それで傑作映画が出来ちゃうんだから天才ってのはどうしようもないですが、原作者からクレームは出なかったのかな。

解説によると著者のドロレス・ヒッチェンズ(1907〜73)はテキサス州出身のミステリ作家。
なのでこの小説の舞台はカリフォルニアです(映画のほうはパリが舞台)。
多くのミステリ小説を残していますが、ほとんど翻訳はされていないそうです。
是非とも他の作品も読んでみたいな〜。

(2023.03.11.)


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