ジョー・ウォルトン/ファージング三部作
「英雄たちの朝」「暗殺のハムレット」「バッキンガムの光芒」

(創元推理文庫 2010年)

英雄たちの朝 暗殺のハムレット バッキンガムの光芒


<ストーリー>
1941年、イギリスはナチス・ドイツと講和を結び、欧州に平和が訪れた。
講和を推進した政事派閥「ファージング・セット」は国家権力の中枢を担うことに。
1949年、ファージング・セットの重要人物が集まるパーティーで、
講和交渉を先頭に立って率いた大物政治家ジェイムズ・サーキーが殺害された。
スコットランドヤードのカーマイケル警部補が捜査に乗り出すが・・・。


徳川家康が、江戸ではなく名古屋に幕府を開いていたらどうなっていたでしょうか。
名古屋弁が共通語となり、NHKのアナウンサーが「みゃあ」とか「だぎゃあ」とか言ってたかも。

2000年のアメリカ大統領選挙で、ジョージ・ブッシュでなくアル・ゴアが勝っていたら、どうなっていたでしょうか。
ひょっとすると、9.11イラク戦争はなかったかも・・・?



 「歴史改変もの」と呼ばれる小説ジャンルがあります。

有名なのは、第二次世界大戦で連合国側が敗北した世界を舞台にしたフィリップ・K・ディック「高い城の男」
カトリック教会が強大な力を持ちつづけ、封建時代のまま20世紀を迎えたイギリスを描くキース・ロバーツ「パヴァーヌ」 など。


ジョー・ウォルトン「ファージング三部作」で描かれるのは、
1941年にイギリスとナチス・ドイツが講和して、早々に平和が訪れた欧州。
双方、戦死者も民間の死者も少なくてすみましたし、アメリカも参戦しませんでした。
どうやらパール・ハーバーも原爆もなかったみたいです。

めでたしめでたし・・・と言いたいところですが、
ドイツではそのままナチスが政権を持ち、ユダヤ人を迫害しています。
イギリスも同盟国に影響され、徐々にファシズムやユダヤ人迫害が広がっています
(日本は軍国主義が続いているようです)。

そこに起こった大物政治家殺害事件。
場所はロンドン郊外・貴族の大邸宅、おりしも重要人物を集めたパーティーが開かれていました。
・・・犯人は招待客の中に?
第1部「英雄たちの朝」は、クリスティ・ホーフツな「書斎の死体」状況で幕を開けます。
さすがはイギリス・ミステリだ!
張り切って捜査を開始するカーマイケル警部補
しかし様々な力が介入、捜査は思いもかけない方向へとねじ曲がってゆきます。
後半は陰謀・政治サスペンスとなり、苦い結末へ。

第2部「暗殺のハムレット」は、第1部の数ヵ月後の事件。
ファシズムに傾いてゆくイギリスをヒトラーが公式訪問。
ひょんなことから暗殺計画に巻き込まれる舞台女優。
不穏な動きを察知し、さまざまな方向から探りを入れるカーマイケル
フォーサイス「ジャッカルの日」を思わせるスリルとサスペンスです。
しかし暗殺目標はヒトラー、阻止することが良いのか悪いのか、読者の心は乱れながら悲劇的な結末へ。

第3部「バッキンガムの光芒」は、第2部の10年後。
ファシズムが定着したイギリス。
カーマイケルは自らの意思に反しイギリス版ゲシュタポ・「監視隊」のトップに抜擢され、
職務と良心の板挟みに悩んでいます。
ある日、娘同然に育ててきた、同僚の遺児・エルヴィラがファシストのパレード見物中に暴動に巻き込まれ逮捕されます。
つづいて思いがけない罠が牙をむき、カーマイケルの立場は次第に危ういものに。

前2部では探偵役だったカーマイケルが、追われる立場に。
過去に登場した人物もあちこちに顔を出しながら、大団円へ。
最後の締めは「いかにもイギリス」、結局この人が出てくるのか。
でも気持ちいい終わり方です。


一風変わったサスペンス・シリーズとして、たいへん面白く読みました。
麻薬とか児童虐待とかサイコな人とかが出てこないのもいいですね。
でも、歴史の歯車がひとつ違っていたら、このような社会が現実になっていたかもしれないと思うと、怖いですなあ。
NHKのアナウンサーが名古屋弁をしゃべるくらいだったら良いですが・・・、え、それも怖いって?

(10.12.10.)


「本の感想小屋」へ

「整理戸棚」へ

「更新履歴」へ

HOMEへ