ジョン・ウィリアムズ/アウグストゥス(1972)
(布施由紀子・訳 作品社 2020)




Amazon : ジョン・ウィリアムズ/アウグストゥス

養父カエサルを継いで地中海世界を統一し、ローマ帝国初代皇帝となった男・アウグストゥス。
世界史に名を刻む英傑ではなく、苦悩するひとりの人間としての生涯と、彼を取り巻く人々の姿を稠密に描く歴史長篇。


ジョン・ウィリアムズ(1922〜94)といえば、いまだに「ストーナー」が強く強く印象に残っています。
読んだ本を片っ端から忘れていくことで定評のある私には珍しいこと。
静かで透明感漂う、神聖な雰囲気すら感じさせる傑作でした。
彼が残した最後の長編小説が、これです。

 アウグストゥス(1972)

言わずと知れたローマ帝国初代皇帝様。
かつて塩野七生「ローマ人の物語」を愛読していたので興味深く読みました。

アウグストゥスをとりまく人々の書簡や手記を連ねる形式で書かれています。
筆者には彼の味方もいれば、敵であるアントニウスやブルトゥス(ブルータス)もいますし、乳母や娘の手記もあります。
すべては著者の創作ですが、実際にこうした書簡が存在したかもしれないと思ってしまいます。
もちろんストーリーは史実に忠実です。

いろんな人から見たアウグストゥスの側面が描かれながらも、当然ながら彼自身の内面は描写されません。
しかし最終章に至り、老境に達した皇帝アウグストゥスの長い独白が置かれて小説は閉じられます。
この部分が最高に味わい深く、一人の人間としてのアウグストゥスの心情に寄り添うような静かなクライマックスを作ります。

 「かのアレクサンドロス大王も、若くしてこの世を去ることができて幸いでした。
 ひとつの世界を征服するのは小さなことであり、それを支配するのはさらに小さなことであると悟らずにすんだのです」
(367ページ)

 「時はいずれローマを破壊します」(373ページ)

 「外敵が機をうかがっています。しかるにわれわれは、安寧と快楽が保証された生活を送るなかで、徐々に弱くなっていくのです」(379ページ)

 「人は誰しも、(中略)自分はひとりであり、孤立していて、自分という哀れな存在以上のものにはなれないという恐ろしい事実を知るのだ」(382ページ)

ローマ帝国の礎を築いた偉人アウグストゥスの心に、これほどの孤独と諦観と破滅への予感があったとは(小説ではありますが)。
「諸行無常」を色濃くにじませながら穏やかに人生の終焉を迎える姿に「ストーナー」の主人公が重なります。
この作家ならではの静謐な筆致は魅力的で、翻訳も細やかかつ丁寧、優美で起伏豊かな文章をかみしめるように読了しました。

なお、塩野七生「ローマ人の物語」(新潮文庫版)第14〜16巻を傍らに読むと、さらに味わい深いです。

(2020.12.13.)

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