ヴュータン/ヴァイオリン協奏曲第5番
(チョン・キョンファ独奏 ローレンス・フォスター指揮 ロンドン交響楽団)



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ベルギー生まれの作曲家にして名ヴァイオリニストアンリ・ヴュータン(1820〜1881)。
ヴァイオリン演奏史においてフランコ=ベルギー奏派を代表する名手です。
フランコ=ベルギー奏派というのは名前の通りフランスとベルギーを中心とする流派で、艶やかな音と流れるような旋律線でなめらかに「歌う」ことを主眼にした優美なスタイルが特徴なんだとか。
ほかにもウィーン流派、ドイツ流派、ロシア流派などがあり、弓の持ち方や楽器の構えなどが微妙に違うんだそうです。

さてヴュータン、今年生誕200年のメモリアル・イヤーであります。
ただ、この人の作品で私がちゃんと聴いたことがあるのは唯一、

 ヴァイオリン協奏曲第5番 作品37(1858)

だけなんですよねー、でもとても綺麗な曲です。

20分ほどの短めの協奏曲で、美しいメロディがこれでもかと言わんばかりに詰め込まれ、退屈する暇もありません。
単一楽章で形式は自由の極み、不思議に均整がとれているようにも見えますが、やっぱり無茶苦茶フリーダムです。
作曲年代を考えれば、

 「こんなに自由でいいかしら?!」

と言いたくなるくらい自分勝手で大胆不敵ですが、その独創性・自由奔放さが現在も愛奏される一因ですから、やっぱり人と同じことやってちゃいかんのですね。

全体の構造はこんな感じでしょうか。

 第1部:アレグロ・ノン・トロッポ 再現部のないソナタ形式(主題盛りだくさん) 
   ↓
 カデンツァ 
   ↓
 第2部:アダージョ 
   ↓
 第3部:短い終結部(アレグロ・コン・フォコ)
 

 

 第1部アレグロ・ノン・トロッポ。冒頭、管弦楽で提示される第一主題がまず美しい、「嵐の前」を思わせる不穏さがたまりません。
 1:01からの激しい第二主題は全曲を通して重要な役割を果たします、「嵐の主題」とでも呼ぶべきでしょうか。
 2:05、独奏ヴァイオリンが上行アルペジオでしずしずと登場、ひとしきり前口上を述べた後で、2:45から新しい第三主題を美しく歌います、綺麗なメロディですが、これっきり再現しません。
 滴るような美しいフレーズが連綿と続き、速度を速めてクレッシェンドしていったん終止したのち、やや強引な転調を経て4:54からハ長調でのどかな第四主題が歌われます。
 ・・・いったいいくつ主題を詰め込んだら気が済むんでしょうこの人は。
 6:11からこの主題がホルンを主体とする管弦楽で歌われるのをバックに独奏ヴァイオリンが華麗なアルペジオで走り回り、
 7:02から弦に第一主題が登場、独奏ヴァイオリンのトリルが緊張を高め7:27で一区切り、ここまでが長大な提示部と言えます。

 続く展開部では7:27から管弦楽が第二主題を力強く奏で、8:01から独奏も加わり展開してゆきます。
 8:40くらいから徐々に静まってゆき、9:36クラリネットに第四主題が現れます。
 10:04から再び第二主題の展開、独奏ヴァイオリンは華麗に舞い続けます。

 11:16からカデンツァ、超絶技巧の極みであり、これまでの主題も巧みに織り込まれ聴きごたえあります。

 14:31から第2部アダージョ。独奏ヴァイオリンの悲しげなメロディで始まります。
 これはグレトリーという作曲家の当時流行していたオペラからの借用だそうで、ヴュータンとしてはオマージュを捧げたつもりでしょうが、あわれグレトリーさんはとっくに忘れ去られています。
 15:22から新しいメロディが優しく歌われます、これはヴュータンのオリジナル。
 このメロディをじっくり歌いながら盛り上げて16:50から短いカデンツァ、17:13からメロディが再現、大きく歌い上げます。

 18:20からの第3部(終結部)アレグロ・コン・フォコは1分少々しかありません。
 独奏ヴァイオリンは激しくも華やかに動き回り、管楽器に第四主題が現れます。
 第一主題もちょっとだけ回想、ヴァイオリンは最後まで大忙し、劇的でゴージャスな終結を迎えます。
 しかしこの終結部はちょっと短すぎませんか。


愛聴しているのが、チョン・キョンファ独奏のCD(1974年録音)。
録音当時24歳のチョン、情感こもったねっとりした歌いまわしは、フランコ=ベルギー派のクールな洗練とは違う熱いものを感じますが、
テクニックの切れ味は妖しいまでに鋭く、カデンツァでは呪術的な雰囲気すら漂います。
たくましくしなやかで気迫のこもった濃い演奏、緊張感あふれる音に聴いてるこちらもゾクゾクします。
だれが何と言おうとこれぞ最高の名演奏と、他の演奏あんまり聴いてない私が断言しちゃいます(←信用度ゼロやん)。

なお、フランコ=ベルギー派の正統な演奏をお聴きになりたい向きには、アルトゥール・グリュミオーがおすすめです。
作品に没入するのでなく一歩下がって美しいものを愛でるような余裕と冷静さが感じられる上品なパフォーマンスです。

 

(2020.03.15.)

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