イアン・マキューアン/甘美なる作戦
Ian McEwan/Sweet Tooth(2012)

(村松潔・訳 新潮クレストブックス 2014)



Amazon.co.jp : 甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)

<ストーリー>
聖職者の娘として生まれたセリーナ・フルームは、数学とチェスが得意で小説を読むのが好きな少女。
しかし進学したケンブリッジの数学科は天才の集まり、彼女はあっさり落ちこぼれる。
1972年、なんとか卒業したセリーナは不倫相手だった教授のコネで諜報機関”M I 5”に採用される。
下級職員として事務仕事をしていた彼女にある日、指令が下る。
それは「スウィート・トゥース作戦」、若手作家を金銭的に支援し、本人に意識させず反共的オピニオンリーダーに育てる任務だった。
素姓を偽って若手作家トム・ヘイリーに接近したセリーナ
ところが、ふたりは本気で愛し合うようになってしまい・・・。


イアン・マキューアンは、これまで「贖罪」「アムステルダム」「初夜」を読みました。
なんというか読んでいて登場人物が気の毒になってくる小説ばかり。

 「どんだけ登場人物をいたぶれば気が済むんだこの作者は!」
 
と何度思ったことか。

しかも緻密な文章・巧みな描写・洗練された手法・考え抜かれた構成は折り紙つき、完成度の高さが半端ないだけに、かえって居心地が悪い。
随所にきらびやかな技巧・伏線が凝らされ、終盤には意外な事実が明らかになったりしますが、
これがまた読者に肩透かしを食わせるものであったり、後味の悪いものであったり・・・。
ああそれなのに、なんで私はまたマキューアンの小説を読んでしまうのでしょう?!

 面白いからです!


甘美なる作戦 Sweet Tooth (2012) は、マキューアン作品としてはかなり読みやすいかも。
冷戦時代のイギリス諜報機関が舞台で、ジョン・ル・カレブライアン・フリーマントルを連想します。
マキューアンはMI5の内情や当時の社会情勢をいかにもリアリティたっぷりに描きます。
1970年代のイギリスって、経済は衰退し、組合が強力で、共産主義やIRAに国を乱され、なかなか大変だったんですね。

女スパイと作家のラヴ・ストーリー。
といっても暗殺とか銃撃とかテロとは無縁、登場人物の心理的駆け引きのみで、充分サスペンスです。
諜報部員であることを隠して若手作家トムに近づいたセリーナですが、彼を本気で愛してしまいます。

トムが書いた小説が作中作としてあちこちに挿入され、
それら作中作が二人の関係に影響・変化を及ぼしてゆくメタフィクショナルな構成になっているのがミソ。
真実と嘘、裏切りと純愛、悲劇と喜劇が交錯する二人の恋の行く末は?

そしてラストでは、やはり意外な事実が読者を待っています。
いかにもマキューアンらしいほろ苦さですが、それほど後味が悪くないのは救い。
これまでに読んだマキューアン作品でいちばん読後感が良かったです。
凝りに凝った、ビター&スウィートなオトナの恋愛小説でした。

(2015.03.01.)

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